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 今夜、星が降ってくる。  比喩などではない。正真正銘、小惑星が地球に衝突するのだ。  この小惑星が地球に向かうルートを取っていると、最初に学者さん達が気づいた時、誰も彼もが楽観的だった。よくある事。どうせきっとまた地球をかすめて、太陽へ吸い込まれてゆくだろうと。  ところが、小惑星は軌道を変える事無く、一直線に地球を目指して進んできた。しかも天文学的に見て、異様なまでに、速く。  世界は大混乱に陥った。  かつて恐竜が絶滅したのは、巨大な隕石が降って氷河期が訪れ、地上最強の生物でも生き残れなかったから。歴史を学んでいれば誰でも知っている話。  今度は、その比にならない大きさの小惑星が降ってくるのだ。まともにぶつかれば、地面を割ってマントルに達し、溢れ出した溶岩が地表に流れる。それだけではない。衝突の衝撃で粉塵が空を覆って太陽光は届かず、永遠の夜が訪れる。下からの熱と上からの冬。その絶望の中で、人類は滅びるしかなくなるのだ。 『アペルピスィア』  ラテン語で『絶望』と名付けられた小惑星の軌道を逸らそうと、世界中の偉い人が躍起になった。今までお互いに向けていた核ミサイルを、ロケットに括りつけて、敵国ではなく小惑星に向かって飛ばすなんていう、ゲームの中の話みたいな事まで行われた。  だが、『絶望』様は実にしぶとかった。地球を数十回滅ぼせるという核ミサイルを浴びても、砕け散る事は無く、表面が削れた様子も見せず、やっと軌道がずれたかと思えば、磁石に吸い寄せられるかのようにまた目標を地球に定めて、まっすぐに向かってくる。  世界中の誰もが、『アペルピスィア』の前に我を失った。虜になった、と言ってもいい。  迫る終末に右往左往。天罰だの神意だの声高に叫ぶ連中が、冷静さを失った人達を率いて暴動を起こす。ここぞとばかりに権力者がどんどん不審な死を遂げてゆく。「どうせ誰も裁かれないんだから」と、奪ったり殺したりする人間は後を絶たない。 「『アペルピスィア』様を受け入れよ。さすれば新たな楽土に導かれん」  街角では明らかに焦点の合わない人間が演説をするところに、また正気じゃなさそうな人達が集まって、アペルピスィア様、アペルピスィア様、と祈りを繰り返す。  テレビ、ラジオはこぞって小惑星を特集し、あと何日で地球は滅ぶ、と十八番(おはこ)の恐怖をあおり立て、自称識者の方々が青ざめた顔で、政府の怠慢だ、誰々が悪いんだ、と、いまだもってお得意のディスをかましていた。
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