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腎臓A
当選者 沢田太一(48歳、男性)
大晦日、沢田は自宅のコタツに入ったまま、手に持ったスマホのディスプレイを何度も再読み込みさせていた。
年末ジャンボ臓器宝くじの抽選は午後6時からで、公式サイトに当選番号が公開されるのは午後7時になっている。
まだ午後6時50分を過ぎたところだが、もしかしたら公式サイトがちょっと早く更新されるかもしれない。ソワソワしながら、何度もブラウザの再読み込みをしてしまう。
つけっぱなしにしているテレビから、今年最後となるニュース番組が、年末年始の買い出しに出かける人の群れで下町の商店街がにぎわっている、という映像を流していた。
沢田の妻の清子が、台所で年越しそばを作っているらしく、出汁のにおいが沢田のところまで漂ってきた。
沢田がⅠ型糖尿病を発症したのは、ちょうど40歳のころだった。
ある日をさかいに、毎日たくさん食べているにも関わらず、急激に体重が減りはじめた。長年の不摂生をため込んだような出っ張っていたビール腹が、みるみるへっこんでいったことを最初は喜んではいたのだが、どうもそれだけではなく、体調がおかしい。
いつも慢性的に倦怠感があり、特に朝の寝覚めが吐き気をともなう不快感に満ちていた。歳のせいだろう、最初はそれを言い訳にしてごまかしていたが、ある日の仕事中、同じ職場で働く後輩に、「先輩、いつも缶コーヒーか炭酸飲料飲んでますよね。一日、何本くらい飲んでるんですか?」と聞かれたときに、とうとう自分の身体に本格的な異状が起こっていると自覚するようになった。
意識して数えてみると、なんと缶コーヒーとコーラだけで毎日約7本を消費している。
子供のころから甘いものが好きで、特に夏は浴びるように炭酸飲料を飲んでいた。成人してからも……というより、成人してからはさらに、喉が少し渇けば自販機で、冬は甘いロング缶のホットコーヒー、夏は炭酸飲料や冷たいコーヒーを頻繁に買って飲むようになっていた。
自販機の清涼飲料7本といえば、これだけで1500キロカロリーに及んでいる。ふだんの食事は毎日三食しっかりと食べている。
もしかしたら、ガンなんじゃないだろうか。ガンを患ったら、体重が一気に減るとどこかで聞いた記憶があった。
妻の清子に相談した上、有給休暇を取得して病院に行ったところ、ガンではなくすでにかなり進行している糖尿病に侵されていると診断された。尿検査に続いて血液検査も受けさせられ、腎臓の機能もかなり弱っているということだった。
前回健康診断を受けたとき、たしかに血糖値が高く過体重であるという注意を受けた記憶があるが、あまり強くは言われなかったため、全く気にしていなかった。
とにかく、食餌療法と投薬は今すぐにでも始めなければならないということで、日々の食事において気を付ける点を指導され、アクトスという錠剤の薬を処方された。
「おそらく、インスリン注射を打たなければならなくなるまで、あと1年です」
分厚いレンズの眼鏡をかけた医者にそう言われたとき、思わずため息が出た。
その日以降、雪崩を打つように沢田の症状は悪化していった。医者の予言どおり1年後には、シャチハタ印鑑のような形のインスリン注射を常に持ち歩くようになり、44歳の春には、週に二回の人工透析を開始した。
毎日の食事は、糖分やカロリーだけでなく、塩分やたんぱく質の量まで制限される。脂の乗った最上級のブリの刺身に、醤油を二、三滴だけ垂らして食べたときは、なぜだか情けなくて涙が出てきた。
清子と結婚したときに沢田はまだ21歳の学生で、翌年産まれた長男はすでに大学を卒業して独り立ちしている。やっかいな病を得ても子供の将来を心配しなくてもいいことは、沢田にとって救いだった。また仕事がデスクワークでさして体力を要さず、会社も沢田の病気に対して理解をしてくれ、透析を受ける日は仕事を早退させてくれたこともありがたかった。そのぶん給料は若干減ったが。
しかし、これから死ぬまで透析を続けていかなければならないと考えると、うんざりする。透析を受けたあとは、血圧が低下するため、全身が疲労困憊したようにだるくなり、吐き気もある。透析を受ける前日は、一分に一回くらいの割合でため息を漏らした。
透析から解放される唯一の方法は、腎臓移植。
移植を受けたからと言って、完全に健康になるわけではない。一生、免疫抑制剤を飲むことが必要になるし、すい臓の機能が回復するわけではないので、インスリン注射も引き続き必要となる。
だが、それらは透析の辛さや煩わしさと比べると、単なる日課のようなものにすぎないだろう。
一度だけ、ふたつある腎臓のうちのひとつを移植してはどうか、と妻の清子が沢田に申し出たことがあったが、悩んだ末に沢田はそれを拒絶した。移植のドナーになる手術は、レシピエントに為されるそれよりは簡単なものであるらしいが、決してノーリスクではない。愛すべき伴侶の身体を奪おうという気にはなれなかった。
脳死患者からの移植を希望して、臓器移植ネットワークの移植希望登録はしているが、そうそう年に何人も脳死者が出るわけもなく、望みは薄かった。
8年前から始まった年末ジャンボ臓器宝くじは、毎年100枚を購入している。こちらは脳死移植のレシピエントになるよりも、さらに確率は低いだろう。当たったとしても、腎臓以外の臓器が当選したら、何の意味もない。
しかし、希望は捨てきれない。
大晦日の時刻は間もなく午後7時となる。そろそろNHKでは紅白歌合戦が始まるだろう。
「それでは皆様、よいお年を」テレビの向こうのアナウンサーが、そう言って頭を下げた。
スマホのブラウザを再読み込みしたら、ディスプレイの画面が切り替わり、再読み込みする前のものとはちがったページになった。
「20XX年 第1207回全国自治体宝くじ(年末ジャンボ宝くじ) 及び 第8回年末ジャンボ臓器宝くじ 抽選結果発表」
沢田はすぐに「第8回年末ジャンボ臓器宝くじ」の項目にページを移動させた。
一等の心臓から、ずらっと当選番号の一覧が並んでいる。ほかには目もくれず、三等の腎臓Aと腎臓Bの番号だけを見る。
そして、コタツの上に置いていたくじ券を、宝くじ売り場でもらった黄色いビニル袋から取り出して、一枚一枚確認していく。
「はずれ、これもはずれ、はずれ……」
そう言いながら、買った100枚のうちの半分近くのはずれを確認し、「やっぱり今年もはずれだろうか……」などと思いながら、次の一枚をめくると、
「え……」とつぶやいた。
当たっている……、ように見える。ディスプレイの数字と、手元のくじ券の数字が、ひとつも変わらず一致している。ということは、当選だ。
もう一度、当選番号一覧の画面を上下に動かして、確認する。
間違いない。
三等の腎臓Aが、当たっている。心臓でも角膜でもない。欲しかった腎臓が、当たった。
「やったああ!!」沢田は子供のような雄叫びを挙げた。
台所の清子は、沢田の叫び声を聞いて一瞬のけぞって、
「いったい、どうしたのよ?」と言った。
沢田はコタツから飛び出して、台所の清子の前までやってくると、
「腎臓が当たった、腎臓が当たった、腎臓が当たった!!」と興奮しながら、三回繰り返した。
そして、その喜びを表すように清子をハグした。
「ちょ、ちょっと、料理してる途中なんだから、危ないでしょ」困惑気味にそう言った清子だったが、笑顔がこぼれている。
とりあえず電気コンロの火を止めて、あらためて沢田と清子はコタツに入ると、スマホの画面とくじ券の番号を何度も交互に見た。
やっと興奮が収まってきた沢田は、
「でもまあ、移植を実際に受けるにはいくつもハードルがあるみたいだし、ぬか喜びになってしまうかもなあ。特に毎年、注意事項の第六条というのがネックになって、実際に移植がされることはないようだ」と言った。
「第六条って?」清子が問う。
沢田は当選したくじ券を裏返して、蟻がつぶれたような小さな文字で書いてある「注意事項」いう項目を指さした。
清子は目を細めてそれを確認する。
第六条【重要】 各臓器の当選者のうち、一名でも臓器移植を拒絶する当選者がいた場合は、全ての当選が取消となります。この場合、当選者全員が移植を受けられないこととなります。
清子はそれを読んで、顔を上げた。
「ということは、腎臓が当たったあなたが移植を希望しても、ほかの心臓や肺が当たった人のうち一人でも拒否したら、あなたも移植を受けられなくなるっていうこと?」
「そういうこと。いざ、見ず知らずの人の臓器をくじでもらうということになったら、びびってしまう人が出てくるらしいんだ。だから、今回で臓器宝くじは8回目になるけど、実際に移植が行われたことは一回もないんだ。俺はもちろん腎臓はほしいけど、今回もきっと拒否するって人が出てくるだろうから、無理だろうね。まあ、期待せずに、申し込みだけはしとこう」
「なあんだ」清子はそう言って、台所に戻った。
沢田がテレビのチャンネルを変えると、紅い衣装を着た若い女性三人組のアイドル歌手グループが、ひどくテンポの速い曲を踊りながら歌っていた。
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