第一章 黄昏時の広場にて

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 女のひとの声に不意打ちを喰らい、おれはびくんと仰け反った。  ざわざわと逆立ったおれの髪の毛に、ほんのりとあったかい手が、横からそっと乗せられる。 「落ち着きなさい。そんなに驚くことはないでしょ?」  くすっ、という甘々な苦笑と一緒に、優しい声がおれの耳をくすぐった。  そのむずむずが変に苦しくて、おれは大袈裟に首を振って向き直った。  言い訳をくっつけて。 「あ、で、でもマリ姉ってば、急に来るんだから」  すぐ側に立つ、すらっとした長身を薄桃色の法衣に包んだ、おれよりも八つ年上のひと。  マリ姉だ。  まぶしいくらいの白い顔に、青空よりも透明な瑠璃色の目。  ほとんど金色に光る栗色の長い髪を一本編みにして、背中に回している。   きれいで、可愛いマリ姉の笑顔に耐えられず、おれはついとうつむいた。  ……ああ、何だか顔が焼ける。  マリッサ=エウローラ=テルム、それがマリ姉の本名だ。  カレ兄の妹で、俺もルミも昔から『マリ姉』と呼んでる。  カレ兄は性愛の神の神官だけど、マリ姉は純愛の神の僧侶。  それも、こう見えてルミと同じ聖エウローラ寺院の第六階聖職者で、しかもその寺院に所属する聖騎士団の一員だったりする。  兄妹で信じる神が正反対なのは何でなのか、複雑な理由があるとかないとか……。 そのマリ姉が、おれの隣に座った。
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