第十三章 約束の六人 ――法王驢馬と牛坊主――

158/162
212人が本棚に入れています
本棚に追加
/1393ページ
 仰向けたまま、マリ姉の目が動いた。  錆びかけの視線が、クロウ兄の悲痛な顔を静かに見上げている。 「罪滅ぼし?」  クロウ兄の言葉を繰り返し、マリ姉の蒼い唇がかすかに微笑む。 「そんなこと。ただ、私は、今できることをやっただけ。でも」  マリ姉の目が、すうっと遠くなる。 「借りだけは、返しておきたかった。心に負債を抱えたままでは、嫌だから……」 「同じじゃねえか、バカヤロウ……!」  クロウ兄が震え声で言い捨てた。  マリ姉の昏い言葉が、おれの胸にもずっしりとつかえてくる。  ……ああ、やっぱりマリ姉は、シルク姉さんとのことをずっと気にしてたんだ。  けれどクロウ兄はすぐにマリ姉の頬に右手を添えた。  マリ姉の目をぐっと見据え、力を込めて断言する。 「だがよ、お前はまだ全うしちゃいねえんだ。ことの終焉(おわり)を自分の目で見届ける責任をな。だからお前は死ねねえ。分かるだろ? マリッサよう」  クロウ兄を瞳に映したマリ姉の唇が、わずかに動く。  その言葉とも吐息ともつかないか細い息をかき消して、おれの真横でざっと砂を踏む音と、はあはあと限界まで切れきった息遣いが被さってきた。  ルミだ。  いつもの様子からは想像できない、途方もない俊足で駆けつけたルミは、乱れ切った息のまま、仄かな紫電の散る雷霆杵(ヴァジュラ)を地面に置いて立ち膝になる。 「絶対絶対、絶対、わたしが、すぐ、何とかする、から、待ってて、マリ姉。動かないで、じっと、してて……」
/1393ページ

最初のコメントを投稿しよう!