第十四章 訓えの終焉

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 重苦しい沈黙が辺りを覆った。  誰も何も言えない空気の中、おれの頭の中にじいちゃんの言葉が浮ぶ。  ――雨と叫べば雨が降る、死ぬと叫べば本当に死ぬ――  けれどおれの思いをよそに、カレ兄がマリ姉の胸甲に突き立てられたままのザグナルに手を延ばした。 「これはもう抜いてやろう……」    心苦しげに目を細めたカレ兄が、ザグナルの柄を両手で握ったその時、東の空から放たれた曙光の矢が、空を駆け抜けた。  地平から顔を覗かせた太陽が夜の名残を追い払う。  新しい朝の訪れだ。  鋭く温かい朝日が、おれたちとマリ姉の顔を照らし出す。  と、その刹那、マリ姉の眉根が歪んだかと思うと、蒼い唇の間から苦しげな息が洩れてきた。  カレ兄がザグナルからパッと手を放し、クロウ兄の腰がびくんと跳ねる。 「あ、っ……!」 「や、やった! 生きてるぞ!」  歓喜に満ち満ちたクロウ兄の叫びが、おれの腰をへなへなと突き崩す。  ……何があっても、鳥舟(オルニット・スキッフ)が墜ちてさえ、意地でも捨てずにマリ姉に手渡した、業物の胸甲。  その頑丈さとクロウ兄の意地が、マリ姉を守ったんだ。  クロウ兄は正しかった……。  ついおれが洩らした深いため息に、ふふーん、と甘ったるい声が背後から重なってきた。 「テルム卿って、ひいひいひい……おばあさまにもフィーニースにもおいていかれたんだね。よかったねえ」  振り向くと、おれたちのすぐ後ろによく知っている女の人が立っている。  ぴっちりとした黒い服に長い武器を背負い、黒い前髪で右目を隠した異人(デモス)のお姉さん。 「あ、ユディート姉さん」  怨霊ネイガーや亡くなったひとの魂を天へ帰した“輪廻回帰の秘儀”を行使したのは、このユディート姉さんだ。  間違いない。  腕組みしてにんまり笑うユディート姉さんをよそに、クロウ兄が息を吹き返したマリ姉の頬に顔を寄せた。 「まだ大丈夫だ! すぐに助けてやるぜ、マリッサ!」
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