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終章 ――今まで、これから――
『……そういう訳で、本当に、本当に残念ながら、私もは列席できません。しかしながら、この六年間、お二人のことを想わない日はございません。遠い空の下から、お二人の洋々たる前途を心より祈念しております。またいつでも気の向くときに、こちらへお立ち寄り下さい。その日を心待ちにしております。“今日ここに在られたことに感謝を”。クロード=ネメイアス・ル・シャトー=コイフ様。テオ=エス=ダンテス、拝』
真っ白な紙の上に刻むようにしたためられた、几帳面な黒い文字。
俺は読み終えた手紙を封筒に戻し、小さく息をついた。
その途端、この吹きさらしの空間を渡る風が、俺が零(こぼ)したため息をすかさず攫(さら)っていく。
ついでに俺が持つ手紙にまで触れてきた。まったく、悪戯な風だ。
……ヤバっ。
ルミが読む前に盗られたら、アイツに怒られちまう……。
純白の封筒を礼服の胸元にぐっと押し込んで、俺は幾つもの円柱に支えられた丸屋根から外へ出た。
そして顔に差し掛かる朝日に目を細めながら、空へと張り出した床の先に立ち、彼方を眺望する。
白っぽい空の遥か彼方、地平間際に蜃気楼のように浮かぶのは、赤銅色の険しい山並み。
どこか糸鋸の細長い刃を思わせる。
遠い山脈から眼下に視線を引き戻すとに広がる石の街は行き交う人もまばらで、ひっそりとしている。
けれどすぐ足元の、城壁に囲まれた敷地の内側には、たくさんの人影が見える。馬車も盛んに往来して、たくさんの荷物を積み下ろしているようだ。
さすが、“城(ル・シャトー)”はいつも朝早い。
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