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彼方の山々をもう一度眺めつつ、俺はつぶやいた。
「来て欲しかったなあ、テオ爺さん……」
いつの間にか低くなった俺の声が、つまらなさそうに風に融けていく。
ゆっくりと振り向く俺の目に、丸屋根の真下に据えられた飴色の構造物が映る。
角材と鉄で組みあげられた、鳥舟(オルニット・スキッフ)の台座だ。
でもその木製の大きな台座の上に、かつて俺たちを乗せた空飛ぶ舟の姿はない。
今、俺がいるのは、“城”の西の塔。
傭兵都市アゴンに居を構えた盗賊・暗殺者組織網(T.M.N.)総本部の塔の一つだ。
ゆっくりと塔のてっぺんを覆う丸屋根の下へと戻り、俺は空っぽの台座に手を触れた。
長らく放置されてきた木と鉄の塊だけれど、埃は積もっていない。
それどころか丁寧に磨き上げられた木の表面は、鏡のように俺の顔を映し出す。
誰かが毎日、この忘れられた器械を丁寧に磨いているんだろう。
それはたぶんきっと、俺がよく知っているひとだ。
その浅黒く、とらえどころのない美貌を思い浮かべながら、俺は台座に視線を落とした。
滑らかな木目の中で、胴着のような白服の若者の俺が、しんみりと口を開く。
「もう六年経つんだっけ。“パビアの崩壊”から……」
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