終章 ――今まで、これから――

2/35
前へ
/1457ページ
次へ
 彼方の山々をもう一度眺めつつ、俺はつぶやいた。 「来て欲しかったなあ、テオ爺さん……」  いつの間にか低くなった俺の声が、つまらなさそうに風に融けていく。  ゆっくりと振り向く俺の目に、丸屋根の真下に据えられた飴色の構造物が映る。  角材と鉄で組みあげられた、鳥舟(オルニット・スキッフ)の台座だ。  でもその木製の大きな台座の上に、かつて俺たちを乗せた空飛ぶ舟の姿はない。  今、俺がいるのは、“城”の西の塔。  傭兵都市アゴンに居を構えた盗賊・暗殺者組織網(T.M.N.)総本部の塔の一つだ。  ゆっくりと塔のてっぺんを覆う丸屋根の下へと戻り、俺は空っぽの台座に手を触れた。  長らく放置されてきた木と鉄の塊だけれど、埃は積もっていない。  それどころか丁寧に磨き上げられた木の表面は、鏡のように俺の顔を映し出す。  誰かが毎日、この忘れられた器械を丁寧に磨いているんだろう。  それはたぶんきっと、俺がよく知っているひとだ。  その浅黒く、とらえどころのない美貌を思い浮かべながら、俺は台座に視線を落とした。  滑らかな木目の中で、胴着のような白服の若者の俺が、しんみりと口を開く。 「もう六年経つんだっけ。“パビアの崩壊”から……」
/1457ページ

最初のコメントを投稿しよう!

215人が本棚に入れています
本棚に追加