第一章 黄昏時の広場にて

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 そのルミの口が、何か言おうと動いた。    ……あ、やばい。  おれがさっと目を逸らした時、渋くて若い男の声が聞こえた。 「結婚式など、不当な従属関係の始まりに過ぎん。不幸の門出に、お悔やみを」 「ちょっとおっ! あんまりな言い方はやめてよね、カレ兄(にい)っ!」  ほっぺを真っ赤に膨らませたルミが、ふわっとした髪を勢いよく揺らして振り返る。  おれも振り向くと、背の高い人が立っていた。    すらっとした長身に、緋色の僧衣。  筒のような太い襟が、塀みたいに鼻から下を囲っている。  このカレ兄こと、カレル=ディーテ=テルムは、おれよりも十歳以上年上の聖職者だ。  “性愛の神”アマトリアを祀るディーテ神殿では、かなり高い地位にいるらしい。  緋色の僧衣はその証拠。  このカレ兄は、おれとルミと同じ村の出身。  おれたちの近所のお兄さん、だった人だ。  そのカレ兄は、むくれるルミを立ったまま見下ろしながら、襟の中から淡々と口を開く。 「私が何か間違ったことを言ったか? 結婚とは、我欲の極致。それが我が神の訓えだ」 「そんなことないもん!」  ルミがぱっと立ち上がった。  ほとんど怒った子犬の勢いで、カレ兄に突っかかる。  ……何だか微笑ましい。 「結婚は、本当に好きな人に精一杯尽くす至高の行いだって、わたしの神さまの訓えだもん!」 「アモーラの教義なら良く知っている。相手を特定するのは真の奉仕ではなく、我欲の表われに過ぎん。何度も言ってるだろう、ルミ」 「でもでもでも……!」
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