四 葛藤

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四 葛藤

 翌日、カーテンを開けるとまた雪が降っていた。昨日から、さらに積もっている。今日も寒い一日になりそうだ。  朝食を済ませ、普段よりも早く家を出た。いつもは自転車で通学しているが、天気が悪い日はバスを使う。今日は雪が降っているので、おそらくいつもより混んでいるだろう。  雪は膝下くらいまで積もっていた。足を雪から引っこ抜くように歩かなければならず、とても疲れる。  バス停へ向かう途中、ふと昨日の栗原とのやり取りを思い出す。結衣が亡くなったあの日以来、女子と関わる時は体調が悪くなっていた。しかし、彼女と話した時は体調が悪くなることはなかった。この変化が昨日からずっと胸の中でモヤモヤしている。  果たして俺は本当に栗原に結衣を重ね、失ったものを取り戻そうとしていたのか。仮にそうだとするならば、今すぐやめなければいけない。栗原は栗原だ。似ているだけで結衣ではないし、何より栗原に対して失礼だ。自分勝手な願望を押しつけてはならない。  頭の中で、そう言い聞かせている内にバス停に着いた。バス停の後方からバスが近づいてくるのも見える。栗原の件は一度忘れよう。このまま考えていると女子と関わっていなくても具合が悪くなりそうだ。そう思いながら、バスに乗り込み、間もなく発車した。  バスの中はやはり雪の影響もあってか大分混んでいる。周りには体格のいいサラリーマン達が立っていて暑苦しい。このまま押し潰されるのでは?とも思う。ついでに昨日から取れないモヤモヤも取ってくれないだろうか。お得意の馬鹿な妄想をしていると自分を呼ぶ声が聞こえた。 「あれっ?もしかして徹平君?」  自分を呼ぶ声が下から聞こえ、下を向くとモヤモヤの原因である栗原春がちょうど目の前の座席に座っていて、こちらを見上げている。 「やっぱり徹平君だ!おはよう!」 「栗原か。おはよう」  栗原は俺だと認識すると手を振りながら挨拶してくる。俺も右手をあげながら、それに反応する。 「いやー今日も雪降ってて寒いねー。徹平君っていつもバスで通ってるの?」 「いや、普段は自転車。バスは今日みたいに天気が悪くて自転車じゃ行けない時だけ」 「そうなんだ。じゃあ毎日は一緒に行けないね。せっかく一緒に登校する友達見つけたと思ったのにー」  そう言って栗原は少し顔をしかめる。いや、仮に毎日バスで通ってたとしても関わりたくないし、俺は嫌だと心の中で拒否する。それに女子と登校なんて関わるのが苦手以前に何か恥ずかしい。家の方向が真逆だったせいで、結衣とすら一緒に登下校したことがないのだから。  その後も栗原と話している内に、バスは学校前のバス停に到着した。話していた流れで何となく栗原と一緒に降り、そのまま並んで歩く。学校の中は雪かきがされていて朝のような苦労もなく、校舎に入れた。  教室に着き、栗原と一緒に中に入る。すると先に来ていた伊織がこちらに気づき、目を丸くしている。そうかと思えば、すごい勢いでこちらに近付き、俺の腕を掴む。 「ちょっと来い」  伊織はそう呟きながら掴んだ腕を引っ張り俺を廊下に連れ出す。 「何だよ」  俺が怪訝な顔をしながら尋ねると伊織は対照的に明るい表情をしている。 「徹平!お前、昨日めっちゃしんどそうにしてたのに、何だかんだ栗原さんと仲良くやってんじゃん。昔のお前が戻ってきたみたいで何か感動したわ」  俺は昨日から何度同じ誤ちを繰り返すのだろう。また栗原と自然に会話ができていた。むしろ昨日より対応が良くなった気もする。栗原にだけ、この対応ができるのだ。やはり栗原に結衣を重なってしまっているのか。また答えの出ない思考の迷宮に迷い込む。 「何ぼんやりしてんだ?とにかくお前がまた女子と関われるようになっているみたいでよかったよ。いっそのこと栗原さんと付き合えば?」  伊織はそんな調子のいいことを言って教室に戻って行く。俺はというと、まだ迷宮の中を彷徨っていて、そこから動けずにいた。  頭ではずっと結衣と重ねている訳ではないと、思っている。しかし、無意識の内に重ねているのかと疑問が生じている時点で、心のどこかで結衣を求めているのかもしれない。  モヤモヤした頭にホームルーム開始五分前を告げる予鈴が響く。気づかない内に大分時間が経ったようだ。教室に入ると栗原がこちらに気づき、笑顔を向けてくる。またしんどい一日が始まる…  その日の放課後、また栗原の質問攻めにあった俺は昨日と同様に机で項垂れていた。今日は栗原と話すたびに頭の中で疑問がチラつくし、授業中に話しかけてくるしで昨日よりしんどかった。 「おーい、生きてるかー?」  こちらも昨日と同様に伊織が声をかけてくる。 「何とかな…」 「今日も死んでるな…朝の様子から大丈夫かなと思ったけど、まだ慣れてないみたいだな」 「お前も質問攻めされたら多分こうなるぞ。あいつ、めっちゃ質問してくるし、授業中に話しかけてくるから疲れる」 「なるほどな。まあ、確かに全く女子と喋るの怖がってたやつがいきなりそんなに会話したら疲れるかもな」  俺がそれを頷きながら聞いていると伊織が続ける。 「よし、今から気分転換にアウトレットのゲーセン行こうぜ」  いや、気分転換って言うけど、お前が行きたいだけだろ。俺はともかく、お前は何を気分転換するんだよと思ったが、悪くない提案だったので、ここは伊織に従おう。俺は伊織の提案を承諾し、身支度を整えて終わるとアウトレットに向かった。  アウトレットに着く頃には日が沈みかけていた。山の上から伸びている西日が眩しい。冬至を過ぎたとはいえ、まだまだ日が沈むのは早い。 「いやー平日なのに結構混んでるな」 「お前と同じ思考回路のやつが大勢いるんだろ」  平日だというのにアウトレットの中は意外に混んでいる。他の客を見ると、大体俺たちと同じ高校生が多いように思う。俺たちと同じ高校の制服がいれば、どこの高校か分からない制服も多数見られる。制服の展示会でも見ているような気分である。 「これだけいると誰か知り合いいるかもな」 「そうだな。そう言えば、多分、泉とかいるかも。昼休みに廊下でバスケ部の連中とアウトレット行こうって話してた。それを聞いて俺も行こうって思ったんだよー」 「そうだったのか。伊織って結構流されやすいんだな。そうめんかよ」 「いや、俺は自分の意志で流れてるから。でも、そうめんは人の手で強制的に流されてるから。同じ流れるでも能動態と受動態で全然違うから」 「流されやすいってこと自体は否定しないんだな…」  そんな会話をしながら、人混みを間を縫うようにして歩く。間もなくゲームセンターに着くという所で自分たちの名を呼ぶ声が聞こえた。 「あっ、徹平君!それに伊織君もいる!」  声がした方を見ると、そこには栗原がいた。デジャブかな?
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