第二章 友達の定義とは

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 【4】 宣戦布告①  心地よい音が鼓膜を揺らしている。  温かみのあるこのサウンドは、アコースティックギターの音色だろう。  聴き馴染んだ音に自然と悠介の口角が緩む。閉じていた瞼をゆっくりと開けると、茶色の地面が広がっていた。なんだかいつもよりも距離が近い気がする。  顔を上げると年代を感じる家屋が現れた。どっしりとした門構えに重厚な瓦屋根……かなり古風な造りをしているが、きちんと手入れが行き届いているようで、傷んでいる箇所は見受けられない。  この家の主は、モノを大事に扱う人なのだろう。  流れてくる音を辿って軒下に目を向けたら、人影が一つあった。縁側に腰を据えている男に焦点を合わせ、じっと凝視する。  その人は、すらりとした長い手でギターを抱えて、一人口ずさんでいた。 ――叔父さんだ……ってことはコレ、夢か。  己の小さな手と動きづらそうな短い足を見て納得する。  弦を弾いている彼は、四角い画面の中とは違うカジュアルな服装をまとっており、栗色の髪をうなじでくくっていた。  こちらに気づいた彼は、手招きをして自分の横をポンポンと叩いた。 『悠介』  柔らかな声に導かれ、トタトタ近づいていく。小さな身体をうまく使って縁側に乗り上げ、ちょこんと腰掛けた。手のひらに吸いつく漆塗りの感触が懐かしい。  板を撫でながら隣を見上げると、ご機嫌そうにギターを奏でていた。  そのまま首を巡らせて、広々とした室内を見渡す。畳が敷き詰められた和室が二つ繋がっており、ほのかにイグサの香りが漂っていた。  長閑な田舎の雰囲気を感じるこの家は、彼の友人から譲り受けたものだ。無名の頃からの付き合いで、色々と世話になったらしい。 「家は住む人がいないと朽ちていってしまうから、僕の代わりに守ってくれないか」  と、託されたそうだ。 ――叔父さんなら、大切に使ってくれそうだもんな。  彼の腕の中にある年季の入ったギターを一瞥し、ふわりと笑みを零す。  視線を部屋に戻してなんの気なしに眺めていたら、ふと一つの家具に目が止まった。正確に言うと、文机の上に置いてあった――写真立てだ。  枠の中には、友人たちと肩組んで笑っている彼が映っている。背後に瓦屋根が見えることから、家を譲り受けた時に撮ったものだろう。 ――昔から人を引きつける力があったよなあ……。  交流が広かったため、公私ともに大勢の仲間に囲まれていたのが印象に残っている。おまけに超がつくほどのお人好しで、歩くたびに首を突っ込んで厄介事を拾っていた。本人曰く、"困っている人を見かけたらほっとけない性格"らしい。 『……なあ、悠介』  あれこれと記憶を巡らせていたら、ふいに呼びかけられた。 『歌……好きか?』  振り返って、もちろんという風に大きく頷く。 『そうか……その素直な気持ちを忘れないでくれよ』  朗らかな表情で、悠介の髪をわしゃわしゃ撫でる。手を頭の上に置いたまま、庭の方に顔を向けて、続けて言った。 『自分の――に―――のは――からな』 ――え……?  音が途切れて聞き取れない。なんて言ったのか尋ねようとしたが、声を出すことができなかった。 ――叔父さん……?  苦しげな表情で庭を見つめている。  視線を辿った先には一本の木が生えていた。深緑の葉の中に、小さなオレンジ色の花弁がまばらに咲いている。  あの木は確か――  花の名を口の中で呟くと、視界が暗くなり始めた。  彼との距離がだんだんと離れていき、身体が闇に飲まれていく。 ――待ってくれ。最後の言葉をちゃんと聞けてないんだ……!  必死に小さな手を伸ばしたが、彼に届くはずもなく、虚しく空を切った。   「叔父さんッ!」
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