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第二章 友達の定義とは
【1】文通
ぶっきらぼうな男性の声と黒板を滑るチョークの音だけが、静かな教室に響いている。
暖簾のように長い前髪の間から見える教師の顔は、いつもの通りの仏頂面だ。まだニ十代半ばらしいが、疲れた表情をしているせいか、実年齢よりも上に見える。
それに味気ない服装も相まり、全体的にくたびれている印象だ。
望んでこの職業に就いたとは思えず、お世辞にも、己の担当する教科に情熱を注いでいるとは言えないだろう。
無論、教える立場の彼がそのような態度では、受ける側である生徒たちも当然、なあなあな感じだ。真面目に受けている者もいるが、半分以上はうわの空だ。おまけに一部は、気持ち良さそうに寝息を立てて夢の世界へと落ちていた。
残りの生徒も体裁として教材を広げているが、彼らの手にはシャーペンではなく、スマホやゲーム機が握られている。教壇側からは見えないよう、教科書を立ててガードしたり机の下に隠したりと工夫を凝らしているが、こちらからは丸見えだ。
教師は、生徒たちがノートも取らず娯楽にふけっていることに気づいていると思うが、今までに一度も注意したことはなかった。
我関せずといった様子で、一人黙々と黒板に向かっている。いちいち授業を中断して声をかけるのが、時間の無駄だと思っているようだ。
しかし口には出さないが、確実に授業態度の点は減点されていることだろう。
彼が一方的にしゃべり続け、ひたすら板書を書き写すだけという退屈な時間がただ過ぎていく――
完全に授業の形態が破綻している教室を眺め、飛鳥は小さく息をついた。
今年に入って何度目の光景だろう。二年に上がって気が緩んだのか、チラホラとサボる生徒も出始めている。
せっかく学校に来ているのだから、少しは聞く耳を持ってもいいのではないかと思うが、こうもつまらない授業だとやる気が激減するのも納得だ。
一風変わった高校故に、教師の当たり外れの差が激しいのだろう。
再びため息をついてページの端に指をかけると、右側からコンコンと机を叩く音が聞こえた。
嫌な予感を覚え、前髪の隙間から隣を窺うと、案の定悠介がこちらを見つめていた。
実を言うと、彼の謎の視線は今も続いている。
以前よりも大分頻度は減ったものの、未だにこの眼差しには慣れない。屋上での待ち伏せも含め、彼が何を考えているのか量りきれず、微妙な緊張感が二人の間に漂っていた。
そんな空気を壊すように、悠介がサッと紙切れを差し出した。
これはなんだろう。別の人に回してほしいのだろうか。
そう思って周囲を見渡したが、自分の周りはほとんど机に突っ伏しており、壊滅状態だった。
――もしかして、僕?
恐る恐る己を指差すと悠介が顎を引いた。困惑しつつ、彼の手から受け取って中を見ると、奇妙な単語が書いてあった。
『カワハギ』
「?」
どういう意味かわからずに首を捻っていたら、悠介が黒板の方に顔を向けた。
辿った先は――例の教師だ。
飛鳥が教師の姿を捉えたのを確認すると、声を落として「あいつのあだ名」と言った。
なるほど。言われてみれば顔が似ているかもしれない。
合点がいき、空きスペースに『知らなかった』と書き込んで返す。
彼は、早速戻ってきた紙切れに一言付け足して、開いた状態のまま再度飛鳥に手渡した。
次はなんだ、と先程の文章の下にある、少し斜めった文字の羅列に目線を落す。
『他にもいろんなあだ名ついてんだぜ』
さすが校内一の情報通なだけはある。彼は、学年を問わず様々な生徒と交流があるので、おのずとそういう情報が入ってくるのだろう。
それにしても、相変わらず見目麗しい外見とは真逆な筆跡だな……。
走り書きのような文字を見つめていたら、ふいに口許が緩んだ。
変に身構えてしまっていたけれど、その必要はないのかもしれないな。彼の行動の謎はまだ解けていないが、もう少し肩の力を抜いてもよさそうだ。
二人の間に漂う空気が、徐々に和らいでいくのを感じる。
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