真昼の幽霊

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真昼の幽霊

 五時間目の授業は、いつだって眠気との戦いだ。大きなあくびを何とか噛み殺した私は、退屈な数字の羅列から逃げるように窓の外へと視線を移した。  薄紅色の花びらが、雪のように降り続いている。ほんの一週間前までは満開だったのに、と残念な気持ちで葉桜を眺めていた私の視界の片隅に、突如として不審な人影が映り込んだ。  グラウンドの向こうにある校門の側。  知らない制服を着た同い年くらいの男の子が、青空に向かって手を伸ばしている。その姿はどこか切実で、助けを求めているようでもあった。  誰だろう。思わずじっと目を凝らした瞬間、先生の丸めた教科書がパコンと頭上に落ちてきた。たった三人だけの教室に、まぬけな音が響く。 「な、なにするんですか!」 「自業自得だ、瑞原(みずはら)。プリントも全然進んでないじゃないか」 「全然ってことはないですよ? ほら、二問目までは完璧」  胸を張って答えると、呆れた先生が盛大な溜息をつく。ちらりと目線だけを戻してみたが、もう男の子の影も形もなくなっていた。 「残りの八問はどうした? まったく。いつまでも一年生気分じゃ困るぞ」  彼は一体、どこに消えたのだろう。先生のお小言を右から左に流しながら、ハイハイと適当な相槌を打つ私。しかしそれを二度三度と繰り返していると「返事は一回!」とお母さんのような叱り方をされて何も言えなくなる。  声のトーンは全然違うし、見た目だって少しも似ていないが、説教の仕方だけは嫌というほどそっくりだ。  廊下側にあるもう一つの席から届くのは、くすくすという微かな笑い声。この春、中学三年生になったばかりの多田穂乃花(ただほのか)ちゃんが、教科書で顔を隠しながら肩を震わせていた。  背中まで伸びた黒髪が、そのたびに小さく揺れている。
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