10人が本棚に入れています
本棚に追加
水草と花びら
放課後、鞄を持って靴に履き替えた私と一ノ瀬くんは、約束通り体育館横のプールにやってきた。プールと言っても名ばかりで、現在は防火用の貯水池として残っているだけだ。老朽化の影響で修繕が追いつかなくなった後は、年に二回の清掃以外に立ち入ることはない。
「だから一度も受けたことないんだよね。プールの授業って……」
「一度もって、小学校の時も?」
苦笑しながら頷くと、一ノ瀬くんはますます驚いた顔で柵の反対側へと視線を移した。隣の敷地に建っているのは、小学校の木造校舎だ。体育館やプールは共同で管理していたから、施設が閉鎖になってしまったら小学生も中学生も関係なく全員が使用できなくなる。
「一ノ瀬くんは、泳ぐの得意だった?」
「……うーん」
「でも好きなんでしょ? プール」
「好きだけど、得意かって言われれば……微妙かな。小五まで習ってたけど、タイムも遅いし持久力もないし」
それでも好きだったんだ。と、もう一度繰り返した一ノ瀬くんは、何かを懐かしむように目を細めた。
「どうして辞めちゃったの?」
「僕は続けたかったんだけど……中受の準備があるからって、強制的にね。せめて後半年……六年の途中まででいいから続けさせてって頼んだけど、駄目だった」
垣間見えた家庭の事情に、私まで胸が痛くなる。それを明るく話すものだから、余計に切なく感じられたのかもしれない。
「あ、中にも入れそうだよ」
表面が割れたコンクリートの階段を数段上った一ノ瀬くんが、振り返って私を呼んだ。柵に引っかかっているだけの南京錠は、どうやら鍵の役割を果たしていないらしい。
「たぶんリクの……一年の子の仕業だと思う。休み時間にこの辺りで写真撮ってたみたいだし」
夢中になっていると色々なことを忘れてしまう質だから、きっとこの鍵のことも頭からすっぽ抜けてしまったのだろう。
しかしその行いのおかげで、私たちは先生の許可なくこっそり侵入することができた。
最初のコメントを投稿しよう!