桜咲く、水色の季節

近すぎる空

　どうしたら、もっと鈍感に生きられるのだろう。
　救急車を待つ間、着替えやタオルを詰め込んでいくお母さんが怖かった。お葬式の後で、お酒を飲んで大声を出している親戚が嫌だった。写真を撮ったり、文集を作ったりと忙しくしているみんなのことも、心のどこかでは苦々しく思っていた。

　当たり前にあった日常が、突然取り上げられてしまう瞬間が恐ろしくてたまらない。だったら濁った空の下、雑誌に出てくる知らない街でたくさんのことに無関心でいたかった。
　キラキラした、嘘みたいな遠い世界。

「僕たち、ないものねだりだね」

　柔らかい彼の声が、心の奥にある無防備な場所をざらりと撫でる。
　鼻の奥がつんとして、零れた涙が止めどなく頬を伝い落ちた。

　退屈だったわけじゃない。退屈なふりをしていなければ、生きていけなかった。

　空っぽの小屋の前で、私は膝をかかえてしゃがみこむ。
　精一杯声を殺していたけれど、漏れる嗚咽はすぐ隣にいる一ノ瀬くんの耳にも間違いなく届いただろう。

　トントンと、背中を叩く優しいリズム。
　言葉ひとつ無かったけれど、私は確かに救われた。
　優しくて暖かい、彼の手のひらに。