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「わからないなぁ……ハリネズミはどうして冒険に出たんだろう」
素直な疑問を口にすると、目が合った一ノ瀬くんがくすりと笑った。じゃあ読んでみるといいよ、と気安く手渡されたが、その本は見た目以上に重く、読書習慣のない私が怯んでしまうほどの厚みがあった。
「字も大きいし、挿絵も多いからあっと言う間だよ。何より面白いしね」
うっと声を漏らした私は諦めて、赤いテープが巻いてある木札を本が元々あった場所に差し込んだ。
図書委員なんてものはないから、戻す場所を忘れたりしないよう各自で管理するのがこの中学でのルールだ。
本来ならば、後でカウンター横の貸し出しノートに必要事項を記入しなければならない。
しかし廃校した小学校の蔵書となれば話は別だろう。期限も二週間と決まっているが、どうせ次に借りる人など誰もいない。
「読み終わったら、感想聞かせて」
「……たぶん、時間かかると思うけど」
「いいよ。ずっと待ってるから」
わかった、と小さく頷いて、重たい本を抱え直した。
本は苦手だ。何より、物語の終わりが苦手だった。ハッピーエンドでも、バッドエンドでも気分が落ち込んでしまう。
どんなに夢中だったドラマも、最終回だけは避けて生きてきた。リクとカイに借りた有名なRPGも、ボス戦の手前で放り出したままだ。
本を一冊読むだけなのに、不安ばかりが募っていく。今度こそちゃんと読み終えることができるだろうか。逃げ出さず、放り出さず、最後の一ページの、最後の一文字まで。
「あ、見て! 瑞原さん」
隣にいた一ノ瀬くんが、急いで窓の方へと駆け寄った。
灰色をした雲の隙間から、淡い光がまっすぐに差している。天使の梯子だよ、と教えてくれた唇が弧を描き、花筏の時と同じように輝く瞳。
「その本に書いてあったんだ」
一ノ瀬くんの声に、私は黙って頷く。
もうすぐ、雨が上がる。
私が感じることは、たったそれだけ。
同じ場所から同じものを見ているはずなのに、どうしてこんなにも捉え方が違うのだろう。実は互いの瞳に映る景色も、全く違っているのだろうか。
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