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「そ、そんなことしたら……中学校側から丸見えだよ! 体育館の入り口なんて目の前にあるんだし」
「だから閃いたんだ。垂れ幕を裏返しにしておけば、白いモルタルの壁に馴染んでわからないって。時間的には式の前だ。体育館を出るときならいざしらず、入るときに振り返って目をこらす人はいないだろ? 午前中なら西側の壁は日陰だしさ」
「……」
「いくら校舎を探し回っても見つからないはずだよ。誰も窓の外を覗き込んだりはしないからね」
「でも……誰がそんなことするっていうの? この学校に恨みがある人物がいるってこと?」
「逆だよ」
また一歩近づいてきた一ノ瀬くんが、目の前でふっと笑みを浮かべた。
「この学校が、大好きだったんだ」
「……意味わかんない」
「そうかな。大好きな学校の廃校式なんて、きっとすごく辛くて寂しかったと思うよ。その分、きちんとお別れをしなきゃいけないと思ってたはずなんだ。だから、準備にはきちんと参加した」
「……まるで見てきたみたいに言うんだね」
「もしも僕が同じ立場なら、そうしたんじゃないかって思っただけ。大きく書かれたさよならの文字なんて見たくもないしさ」
「で、一ノ瀬くんは何が言いたいの?」
「君が怖がってたのは、幽霊なんかじゃないってこと」
諦めて、ふうと短い息を吐く。
完全に降参だ。先生にも見つからなかった些細な犯行が、一年も経った後でこんなにもあっけなく暴かれてしまうなんて。
「どこでわかったのか、聞いてもいい?」
「動機を考えたらすぐにね」
「……動機、か。でも、一つだけ間違ってるよ」
振り返った私が見上げた先には、白い外壁に囲まれた窓がひとつ。あの場所からの景色は、おばあちゃんになっても忘れることはないだろう。
「移動させたのは、確かに私。でも……それだけだよ。卒業生たちが真っ先に見る正面だけは、どうしても嫌だったから」
「……じゃあ、裏返さなかったってこと?」
「うん」
風のいたずらかもしれないし、本当に幽霊のしわざかもしれない。
ただ、騒ぎになった時に名乗りを上げることはなかったし、裏返しになった垂れ幕の事を誰かに打ち明けることもしなかった。
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