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遠い海
「まだ題材も決めてないのか」
眉をつり上げた先生の顔には慣れっこだ。私は適当な相槌を打って、この面倒な放課後が早く過ぎるようにと願った。
問題の思い出係には、相変わらず手もつけていない。
「別に、難しいものを作ろうとしなくていいんだぞ。自分がやりやすい表現方法で、この学校の記念になるようなものを――」
「はぁ」
「はぁって……お前な」
「何も思い付かないんだから、仕方ないじゃないですか」
勝手に押しつけられた役割と、勝手に言い渡された締め切り。それを素直に守れるほど、私は大人になれなかった。
そもそも一年後の廃校式までに間に合えばいいのだから、今の時期から文句を言われる筋合いはない。題材なんて何でもいいと最初に言ったのは先生の方だ。
「じゃあ、中学での思い出を絵にしてみたらどうだ? お前、美術は得意だっただろう」
「他の教科よりマシなだけです」
「オブジェっていう方法もあるぞ。空き缶や牛乳パックなら今からでも集められるからな」
「まるで小学生の工作ですね」
「……あのなぁ、瑞原。いつまでそんな態度取るつもりだ? お前もわかってるだろ。全員が全員、やりたい仕事ができるわけじゃないんだぞ。社会に出たらそんなことはたくさんある。嫌なことを後回しにして、ギリギリになって焦ったって先生は知らないからな」
強い口調で言い捨てて教室から出て行く先生の背中は、怒っているというよりも呆れていた。
頭の中には、晴れることのない暗雲が長く立ちこめている。そのせいか、最近はいつも以上に親や先生の言葉を受け入れることができなかった。思考の底に溜まった何かが、どろりとした重たい何かが、いつも私を苛立たせている。
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