真昼の幽霊

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 家中に響く怒鳴り声に、私も負けじと大きな溜息を吐いて雑誌を閉じた。  最近はいつもこうだ。お母さんといると、最後には必ず喧嘩になって居心地が悪くなる。  バタバタと部屋に戻る途中で足を止めたのは、先ほど話題にのぼった空き箱が目に留まったからだ。  正確には空き箱の上にある、可愛くて大人っぽいストラップシューズが。 「私だって、本当は履きたいよ……」  この靴さえあれば、何処へでも行けるような気がした。  表面はつやつやしていて、かかとは三センチも高くて、今も見ているだけでわくわくする。  これを買ってくれたのはお母さんでもお父さんでもなく、東京に住む従姉妹のお姉ちゃんだった。  私のおねだりに家族は誰も聞く耳を持たなかったから、あのときは本当に嬉しかった。  綺麗なリボンも包装紙も、まだ大切にしまってある。  プレゼントが届いた去年のクリスマスから、私は毎日飽きもせずにこの靴を眺めていた。 「……あんなに欲しがってたのに、か」  お母さんの一言が、私の胸にちくんと刺さる。  けれどこの靴を履いて出かけられるような場所なんて、この集落のどこにもなかった。おしゃれなカフェも、可愛い雑貨屋も、写真映えするスポットさえもどこにもない。  私はなんだかやるせない気持ちで、空き箱だけを回収して階段を駆け上がった。
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