10人が本棚に入れています
本棚に追加
「僕もいつか、本当に秘密基地を作ろうかな」
「段ボールとタイヤで?」
「もっとちゃんとした材料で作るよ」
「じゃあ私は設計図でも書こうかな」
「期待してる」
そう言って微笑んだ一ノ瀬くんが、交わっていた視線をすぐに逸らした。約束はしない。それが果たされないことも、互いにわかっていたからだ。
夕焼けに染まる細い雲の端が、夜の色を纏い始める。
「学校から逃げて、家から逃げて、それでも居場所がなくなると、ここに来てたの」
そびえ立つ山々と、遠くに見える知らない街。そして小さな小さな、広い海。私が暮らす集落の外にも確かな世界が広がっていることを実感する。それだけで固く閉じていた気持ちが楽になる。綺麗なものを見たいというよりも、より遠くの景色を見て安心したかった。
「本当は逃げずに、ちゃんと話をしなくちゃって……わかってるんだけど」
「僕も似たようなもんだよ。最近は、見つかってばかりだけどね」
いたずらな顔に、ハッとする私。真夜中の校庭で会った日のことを、彼は暗に告げているのだろう。切実な様子で空に手を伸ばしていた時も、もしかしたら同じ理由だったのかもしれない。
「どうしたら逃げないでいられるのかな」
「逃げてもいいんじゃない? 生存本能なんだから、逃げたいときには逃げていいんだ」
彼の言葉の中には、何か強い意志が混ざっていた。
「……本当に、そう思う?」
「僕も母さんも、今まさに逃亡中だから」
ふっと笑う一ノ瀬くん。冗談めかした口調の裏にも、先ほど感じた強い意志が混ざっているような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!