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「ここは空気も綺麗だよね。あんなに遠くまでよく見えるなんて……」
唐突に話題が変わったせいで、私の心に違和感だけが残る。しかし彼が話してくれる以上のことを、わざわざ尋ねる勇気はなかった。
「景色の良い場所なら、東京にもたくさんあるんじゃない?」
「うーん……あったかなぁ。去年の今頃は、一人でスカイツリーに登ってたけど」
「いいなぁ、スカイツリー!」
今朝もニュース番組のお天気コーナーに映っていた。あの壮大な景色の中に、一ノ瀬くんは立っていたんだ。
「別に、良い思い出じゃないけどね。家も、学校も、塾も、全部嫌になって……一人で逃げ出しただけだから」
「まるで、今の私みたいだね」
自嘲めいた発言の受けて、彼の表情がわずかに曇る。
「単純に、一番高いところに登りたかったんだ。そこから、丁度良い逃亡先を探そうと思ってさ。大人の目が届かない、秘密基地みたいな場所で一生暮らしてやるって、本気で思ってた」
淡々とした、それでいて酷く寂しげな彼の声が私の胸を打つ。
東京の話をしている時の一ノ瀬くんは、迷子になって途方に暮れた子供のような顔だ。
「そんな高い場所からだと、探すのも大変そうだね」
「いや、探すまでもなかったよ」
「え?」
「全然見えなかったんだ。街も空もなんだか霞んでて、ぼんやりしてた」
「……曇ってたの?」
「いや、よく晴れてたよ。すごく良い天気だったから、余計にがっかりしてさ……。ごめん、こんなつまんない話」
ううん、と首を振った私は、この神社へと足を運んだ日々を思い返す。
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