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第6話「千里行(前編)」
“銀髪の拳闘士”がこの場を去ってから、暫しぼーっとしていた。
俺らはアイテムを拾っていき、助けたウォーリア君の仲間を起こしにいった。
幸いまだログインしており、ウォーリア君が向こうのVCで転移復活[町に戻り復活すること]を止めていたようだ。
イーリアスの世界の経験値は一度モンスターにやられると、経験値のダウン&所持金の半分の没収とデメリットが発生する。しかし、他プレイヤーが大いなる聖水で復活作業をするとデメリットが解除されるようになっている。占領戦や拠点戦に関しては、これのデメリットが発生しない。
ソロモンやクリスが全員を起こし、ヒールなどかけて回復をさせる。
俺がそのPTのリーダーに質問をした。
「どうしてこうなった?」
というと相手は居直りながらいう。
「効率よくあげるには強敵を倒すのが一番じゃん!」
あまりにも短絡的な回答に俺は虚しすぎて話すのをやめようかと思ってしまった。
しかし、俺は窘める様にそいつに語り掛けた。
「たしかにそうだ。だが死んでしまっては元も子もないだろ?準備はしたのか?緊急時の際はどうするかしっかりと仲間と話したのか?それでPTリーダーをしてみんなに迷惑がかかるとか考えなかったのか?」
PTリーダーはすかさず俺につっかかる
「おまえみたいな先行プレイヤーが何言ってやがる!俺らの気持ちもわからないだろ!!すでにおまえはオーガを倒したんだからな!」
「おまえ、俺もうちのギルメンもみんな苦労してるぞ?俺らは俺らの装備の中で可能な限り話をしていき、みんな同意した上で冒険にでている。君は“冒険”の漢字を知らないのか?」
「はぁ?おっさんお前何言っての?キモすぎィ!」
俺はカチンときた。
「キモすぎな相手に諫められている君は更にキモくなるがよろしいか?すでにPTが壊滅状態なんだぞ?その時点でPTを組んだ仲間に多大な迷惑と損失を君は与えている!それを棚に上げて、先行プレイヤーだとかキモいだとか、君は何を言っているんだ???」
どうやら彼の“スイッチ”を押したようだ。すでに俺もすでにスイッチが入って回転数は上がっている。
「うるせーな!みんな同意の上だよ!なんか文句あるのかよ!?」
「大ありだ!ボケナス!最後のPTメンバーが死んだらどうするつもりだったんだよ!!??オーガ何体出現させてんだよ!?」
助けてあげたのに、ありがとうすら言われない、むしろ迷惑がられている。こんな世界やプレイヤーがいる。なぜなのか俺にはわからないのだ。
「オーガは後回しにして、ゴブリンを倒していたんだよ!文句あるんか?」
「あのなあ!クエスト内容もわかんねーのかよ!?オーガ一体とゴブリン1000体、他無制限だぞ?」
「クエスト報酬はいらないからみんなで分配するだけだわ!」
「そんなやり方でみんながついてくるか?ああ???」
俺はPKモードオンにするところまでに指が伸びた。
そこに溜りかねたディアナが割ってはいってきた。
「双方引け。マスター。あんたは格下に文句をいえば気が済むのか?」
ディアナは俺を睨みつける。
「助けたのに礼を未だに言わないそこのポンコツ脳みそに腹が立つだけだ!」
「では、そちらに問う。このままヒートUPした挙句、今度はPKされて放置されても良いという見解でよろしいか?少なくとも基本放置されるのが関の山だ。あのまま戻ればお金も時間も徒労に終わるのは必至。それでいて、マナーの悪さは仲間にも影響する。それを理解しての言動か?」
「……」
ディアナがまとめる力は不思議だ。なぜか俺のいう事を聞かない相手を黙らせてしまった。
「少なくとも、自分はこのマスターのもとでやっているが、君が駆け出しのマスターならば、君を教育する仲間もしくは同志を募ればそれは可能だ。しかし他のプレイヤーをみろ。君を擁護する仲間がいないではないか。」
「ディアナ、すまん。もういい…。俺がどうかしてたわ。」
俺は怒りが消えてただただ哀れな気持ちになってしまった。
「君のやり方を否定する気はないけど…まぁ頑張ってくれ」
そう言い残すと俺らは港の桟橋に向けて歩いていった。
むこうのウォーリア君は個人チャットで「ありがとうございました。」ときたが、俺は返す気になれなかった。
~ケブネカイゼの氷美林~
ケブネカイゼはランダムで横殴りの雪が吹く。
その横殴りの風が木々にあたり、生成されていく。
現実世界でいうと、樹氷である。
樹氷はおよそ氷点下5度以下に冷却した水蒸気や過冷却の水滴が、樹木などに吹きつけられ凍結してできた氷。気泡を多く含むため白色不透明で、もろい。
木々がまっすぐ伸びた針葉樹林であるため、綺麗な氷の柱が幾多にも立っているため、氷美林といわれるようになっているのだ。
俺はアイテムの清算をまだやっていなかった。
港付近の安全地帯で分配するようにした。
クリスは全体の1/5を渡すようにした。しかし、貰い過ぎだといって断ろうとしていた。
「君の活躍に対して対価なんだが?」
「いえ、私は何もしていません。」
「そんなことはないぞ?うちはこのままやっているんだぞ?受け取りなさい」と再度受け渡しをした。
じゃあいただきますということで受け取ってくれた。そんな中、レアドロップ報酬はというと…
“オーガリングの指輪”が出ていた!
やった!と俺は思わずさけんでしまった!!
オーガリングの指輪 指輪と言ってもヒューマンサイズでは首輪/ネックレスにするレベル
重さはさほどないが、装備すれば攻撃力が30も上がる 高額な金額で売買されている。流通量もほどほどであるが、やはり求める冒険者は多いので値崩れしない。
「これさえ売れればみんなに給料が払える!ディアナ、ソロモン、そしてユーグ!助かったよ!」
システム上、売買の取引をそのまま流せるので、そのまま流す事にした。
「いやぁ長かった~!一時はどうなるかと思ったわ~!」
ほっと一息をついた。
あとはディアナのエルフ村にいくことだ。しかし、ディアナは後ずさりした。
ディアナは語る
「マスターとはここでお別れです。」
「え??」
「このギルドは好きですが、あのような格下相手に熱くなるようではこの先、思いやられます。マスターは最後まで熱くなってはいけないと思います。」
「おいあれは…」
「いえ、だめです。あなたは王(ギルドマスター)になるにはふさわしくない。ギルドマスターは常に冷静沈着。ここぞという時に発言をしなくては軽くなります。あんなとこできゃんきゃん吠えているようでは質が問われます。」
「まじかよ…。」
容赦なく俺のシステムには【ディアナさんがギルドを脱退しました。】の文字が並んだ。
「ちょっ!おいまてよ!」
聞いてるのか否かわからない状態でディアナはログアウトした。
悲しみにくれている俺にソロモンは肩を叩いた。
「まぁなるべくしてなっちまったわけだ。しかたねーな!?」
「俺は驚きました。ディアナさんはギルドに相応しい方だと思っていたので……」
ユーグは鳩が豆鉄砲を食ったような声色を見せていた。
俺は何がいけなかったのかが、わからなかった。
俺が正しいと思っていた発言が違う視点からそういう風に映ってしまっているというのか
今の俺にはわからなかった。だから、無理やり気持ちを入れ替えてニュートラルにした。
そして、去った事を悔やんでも仕方がない事だと言い聞かせた。
こんな状態でクリスに聞くのはどうかと思ったが、一応聞くことにした。
「あ、私は入りたいと思いました!発言も自由だし狩りがこんなに楽しめたのは初めてでしたから!」
ここで俺は断られたら、立ち直れないと大袈裟に思った。
「そうか、ありがとう!俺の醜態を晒しても入りたいと思ってくれて……」
しかし、クリスはケロっとしていた。
「あんなの前のギルドは日常茶飯事で当たり前だったので、全然気にしてないですよ?」
「そ、そうか。それもまた問題なんだけどな。ははは……」
とりあえず、契約書を交わし紋章を腕章にするか、マントにつけるか兜につけるか任意でつけてもらった。
クリスは胸の真ん中につけてくれた。
いいのか!?俺個人としてはかなりうれしい!!
オケアノスの紋章は錨をセンターにあしらい、剣を後ろにクロスさせていて、周りを舵で象るデザインにしてある。海洋クエストをメインにやってそうなギルドだと思うだろうが、オケアノスなので海にちなんだものでいいかなって思って作成した。
クリスの設定はやけに胸が大きい。それゆえにこの紋章はある意味、隠れ蓑だ。目の保養になる。これは男の悲しい性なのであろう。
まぁそれはおいといて、後ろ髪を引かれる思いで王都に帰ることにした。
~ガレオン船~
まだ、俺はディアナの言葉が引っかかっていた。
俺はどうしたのものかと頭をかいていた。
ふとソロモンが話しかけにきた。
「そんなに悩みなさんな!」
「ああ…少し気になってて……」
「経営者というのは、やめた人間の事なんか普通考えている暇なんかないんだぞ?」
「え?」
「大半は会社や経営者、上司に不満がある。給料がついでに出てくるが、ゲームだからそれは今回の事に当てはまらないがな。話を戻すが、だからといって体制を変えることはできない。その上で出来ることをやった結果、報われてないのであれば十分退職する理由になることだな」
「じゃあ今回は?」
「わからん。ただ、適当な理由がほしかったのかもしれない。」
「それが俺がもめたのと何の因果がある?」
「それが理由だよ。揉めた事を理由にして辞めるきっかけが出来たからだよ」
「そんなことで??」
「マスターは経営者やったことないだろうけど、ワシは知っている。色々な人間が出て入ったりと見てきたがね?」
「ソロモンの会社ってブラックなの?出入り激しくない??w」
「違う違うw辞める時の雰囲気とかそういうのよくわかるんだよ。中には本音でいってくれる人とかいたけど……」
「そうなんだ。必ず答えがあると思っていた。向こうには明確な答えがあっても、俺には通用しないとか、いっても理解してもらえない。だから、いっそ、適当な理由が出来たり発生したらそれを理由に辞めるというのも、これもなんだかしっくりこない」
「そんなものだよ。辞めていく人間の理由は……」
ソロモンはつぶやきながら海を見ていた。
「そうか…。切ないね。経営者って……」
すこし声がかすれてしまった。ソロモンはにやりと笑い思わず、大笑いをしながらいった。
「だははははは!!お主、見込みあるじゃねーか!マスター!お主はワシの気持ちを救っているんじゃ!」
「え?」
俺は少したじろいだ。
「そういう、モヤモヤをワシも感じてるしマスターも感じた。だからわしらは同志じゃ!」
俺が浮かない表情をしていると
「お主はゲーム、ワシは現実(リアル)での経営者じゃ。なんかあれば相談乗るぞぃ♪」
ソロモンってこんなキャラだったけ?意外な一面をみた。
ケブネカイゼはもうあんな遠くに見えている。
ケブネカイゼの氷美林は美しかった。
俺にとっては色々ありすぎて美しいあの樹氷は俺の心を凍らせた。
俺は当分見たくないとケブネカイゼを見ながら思いを閉ざしていた。
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