星降る夜の上のお話。

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星降る夜の上のお話。

「あ、あ、ちょっと!」 突然の声に振り返ろうとしたとき、自分の手元から何かが落ちたことに気付いた。が、時すでに遅し。僕の腕いっぱいに抱えられた星たちのひとつが真下の黒い雲を突き抜け、そして見えなくなった。落ちる瞬間だけに少し光る星に、相変わらず綺麗だと感想を抱いた。それがまだ未熟だっていう証拠にもなるのだが。 「まーた流れちゃったよ。今週、何回目だよ。ねぇ、何回目?」 先輩のこの面倒くさそうな顔は今週で3回目だ。とても険しい。先輩のこの表情は本当に嫌いだ。天使にだって怖い顔の人はいるが、先輩はずば抜けている。その顔から悪魔にスカウトされたという噂は本当だろうか。暗い空の背景がその噂を助長させた。 「何度も言ってるよな?俺たち天使は・・・」 先輩の怒りがピークに達する前に、先輩の胸元の社用エンホがけたたましく鳴った。どうやら「願い」が届いたらしい。 先輩は明らかに舌打ちをして、エンホをスクロールして、受信した文章を読み始めた。 僕は助かったと思い、星3個分のくらいの距離をとり、自分の社用エンホをのぞき込んだ。何もメッセージは届いておらず、時間を確認するだけだった。新人天使はそんなものだ。むしろ羽根で飛びながら、あの小さい画面を見るのはまだ慣れていないので、ほっとした。乗り物に酔いがちの僕にとって、なかなかの重労働となる。そんなことを考えながら、エンホをポケットにしまおうとしたとき、大きな受信音が鳴った。 「お前のエンジェルホンにも転送しといたから。」 先輩はそう言うと、怖い顔で何の目印もない暗い空へ飛び始めた。先ほどの僕への怒りは、願いへの苛立ちにすり替わってくれたらしい。僕も先輩の後を手一杯の星と共に目一杯続いた。 僕が天使として働き始めて、早3か月。研修期間の1か月を乗り越え、今の先輩の元に就いたのは2ヵ月前。仕事にはだいぶ慣れてきたが、まだあの怖い顔には慣れない。先輩もそこは諦めているようだ。 そんな新人の僕が配属されたのは、昼と夜の空の入れ替え業務を行う昼夜課二班。まさかこんな光栄な仕事を任せてもらえるとは。給料は少し安い分、やりがいはある。天使になる7割が希望する課だ。地元の親も喜んでいた。しかしその意欲とは裏腹に失敗ばかり。昼から夜に切り替えるため、空を黒く塗って、星を散りばめるときにいつも何個か落としてしまう。これが天使庁ではかなり問題になっているのだ。星を落とすと、下界では流れ星となる。その着地点まで星を拾いにいき、その周辺一帯の修復することも業務の一環で大変な作業ではあるが、それ以上に大変なのは、天使庁へ届く大量の「願い」を叶えることだ。 「今回の願いってどんな種類のものなんですか?」 「恋愛系だよ。よくあるタイプの願いだ。」 星を下界に落として流れ星を生み出してしまったら、その流れ星を見た地域の人々から、たくさんの願いが天使庁へ届く。その願いたちは我々天使が叶えられるかどうかのふるいにかけられ、実現可能な場合、担当地域の天使へ振り分けられる。そして今回の流れ星で我々に振り分けられたのは、中学生の恋愛案件だった。 「いいか、何度も言ってるけど、俺たち天使は、願いを叶えるのが仕事じゃない。願いを見守るのが仕事なんだ。つまり何もしないのが本当は正解なの。分かる?分かる?」 先輩は物事を教えるとき、確認事項が2回になる。これがより一層の恐怖を生み出してることは本人に自覚はない。 「すいません。」 「…まぁ、とりあえずは願いを叶えることに専念しよう。もう二度と星を落とすなよ。」 素直に謝った僕に先輩は、わりと甘い。天使になろうって人だ、根本は優しいのだ。顔は怖いけど。 暗い空を抜け、たまにある下界の光を頼りにしながら、進んでいく。先輩ほどベテランになれば、道が見えなくても、風向き、雲、湿気などでどの辺りにいるか分かるらしい。そんな天使に僕もなれるだろうか。 願いの主の中学生男子の家の真上に着いた。なんとなく見覚えがあることに気付く。 「またこの子か。先週好きな子の隣の席にしてあげたばかりじゃん。願いの仕方がうまいんだなぁ。」 先輩は関心しながらも、エンホを確認した。今回の彼の願いが何かを確認するためだ。僕も先ほど先輩が転送してくれたメッセージに目を通した。今度は好きな子と話すきっかけが欲しいらしい。なんと欲のない子だ。もっと付き合いたいとかを願えばいいのに。子供の願いってのはそんなもんなのかもしれない。そんなことを考えながらふと顔を上げると、先輩が僕の方をじーと見ていた。 「…今、お前、付き合いたい、結婚したいとか願えばいいのにって思ったか?」 驚いた顔の僕に、先輩は続けた。 「まだまだガキだねぇ、お前は。彼の方がよっぽど大人だ。」 どういうことかを聞くのは、先輩の仕事を終わってからにしよう。先輩は何かしらの手続きをすませ、彼のカバンから明日使う教科書を忘れるようにし、隣の席の子がそれに気付くようにし、さらには先生が見せてもらいなさいと言うようにした。新人の僕には何をどうやったかはまだ分からないが、先輩はなんだかんだ文句言いながらも、自分の仕事に達成感を見出だしていた。 それから本来の業務に戻り、おおかたの空を夜にしたところで、次の空を朝にする業務の準備をしなきゃいけなくなる前に、先輩に聞いてみた。先ほどの男の子の願いの件。 「ん?あー、あれか。あれは男の子の願いが秀逸だった。最後は自分の力でどうにかしたいという気持ちが表れてただろ?付き合いたいではなく、話すきっかけが欲しいってとこに。多分告白とかは自分の力でちゃんとしたいんだよ。」 先輩はおにぎりを頬張りながら、続けた。 「我々天使庁はそういう願いしか叶えられないんだよ。そりゃ彼の根本の願いは付き合いたいとかかもしれないけど、それは相手のこともあるし、何より男の子の為にならない。だから我々は願いの根本を叶えるんではなく、願いの助けをする。何もしないのが正解ってのはそういうこと。」 先輩の顔がいつになく怖いのに、不思議と恐怖を感じなかった。優しさというか、慈悲のようなものを感じる。まるで天使みたいだ。 自分の力で何かを成し遂げる。 そのためには本人の努力は不可欠だが、その他の外的要因にてその成功率をぐっと上げることだって出来るし、それに頼りすぎて何も努力せずに、まるで自分が悲劇のヒーローのように成し遂げれずに終わることもある。 僕も他人事ではない。天使になって、先輩の元に付いていけば立派な天使になれると思っていた。 違うんだ。僕もちゃんと考えて、努力して、そしてどのような働きをするかで、初めて人の心に残る立派な天使になれるんだ。それを気づかせてくれた。 僕は恩人の中学生の恋路を応援しつつ、少し肩が入りすぎて、今度はわざと星を落としてみようとか考えてしまっていた矢先、また先輩に心を読まれた。 「だからって、わざと星を落とそうとか、考えるなよ?たまたまお前みたいな新人が落とすぐらいの頻度で流れ星を流すのが丁度いいんだ。運命とか偶然ってそういうもんだ。」 なんか自分ではどうにも出来ない大きなものに包まれる変な感覚に陥り、世の中はうまく出来てるなと感じた。そして夜を朝にする準備に取り掛かった。月をしまう入れ物が大きいから、早めに用意しないと間に合わない。 先輩の溢した涙が豪雨になってしまった話はまた今度聞くことにしよう。
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