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蒼は初めて涙を流した。
額が裂けても、見知らぬ世界に放り出されても泣かなかった男の子が、大粒の涙を流した。
それは顎を伝って私の胸に落ちる寸前、蛍のように発光した。美しい仄灯りは徐々に光度を上げ、空に吸い込まれるように宙へ登っていく。
「…何、これ」
「すばるは、人魚の涙って知ってる?」
「おとぎ話の…?」
涙を流しながら蒼は頷いた。
古の、美しい人魚の涙。
恋人を想って流した涙が、波にはじけて宝石になった。海に落ちた月の雫。
「僕の涙は星になるんだよ。…体に閉じ込めた星は偽りの感情からは生まれない。前にいた場所では泣かない僕は役立たずだって言われていた」
アンタレス、シャウラ、ベガ、アルタイル…
蒼の声に応じるように、涙はぽろぽろ溢れていく。
「僕は生きてても、きっと死んだとしても、悲しくはなかった。でもすばるに会って、悲しいって気持ちを覚えたのかもしれない」
蒼から溢れる涙は星となって、空を埋めていく。油断すれば落ちてきそうに煌めく星は、美しくも悲しかった。
「もう、いい…もういいから!」
愛されなければ知らなかった。知らなければ苦しくなかった。悲しくなかった。
それを教えてしまったのは、私だ。
「…泣かないで」
蒼の心を壊す星は、止まらない。
過去の言葉を塗り潰してしまえたなら。
私は声を上げて泣いた。
けれど美しい輝きは、一片も生まれなかった。
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