2人が本棚に入れています
本棚に追加
一年間の出来事を喋り、笑い合う。凛はもちろん聞き役ではあるが、それでも家族の楽しい話や菜珠葉のドジの話には手を叩いて笑って楽しんだ。
〜〜♪
菜珠葉のスマホタイマーが鳴り、深夜三時と画面に表示されている。気が付けば雨は止んでいた。
「そろそろ」
「……うん」
笑いの余韻がまだ耳に残るのに、菜珠葉の心は寂しさで満ちていた。何年経ってもこの感覚は慣れない。
凛が再び菜珠葉の目の前に現れるようになったのは小学一年生の時だった。晴天が続き、喉がよく渇く季節だったのを彼女は覚えている。
「もー、毎年来てるでしょ?」
「うん、……うん……」
菜珠葉の鼻の奥が詰まり、目頭が熱くなってきていた。
こんな小さな子に心配させるなんて大人失格だと思った。下唇を噛むと、彼女の頭を柔らかな手が優しく撫でる。
「いつでもなーちゃんを見てるから、ね」
頭上の凛にはえくぼが出来ているが、菜珠葉は顔を上げることが出来なかった。情けない反面、とても懐かしさを感じていた。二人があまのがわ幼稚園に通っていた時、菜珠葉は今のようにとても泣き虫で凛が頭を撫でていた。『凛はお姉ちゃんだからね!』は口癖だった。
静かに頭を撫でていた凛は深く息を吸う。水分のない空気なんてもう分からないはずなのに、凛は喉の奥がピリピリとしていた。
「なーちゃんはどんな願い事があるの?」
毎年聞く今年の抱負でも、誕生日の願いでも、七夕への祈りでもなく。ただ、菜珠葉の願いを少女は知りたかった。
いつもと違う彼女の聞き方に菜珠葉は何かを察するも、
「何も無いよ」
「……本当はあるんじゃないの?」
これには言葉を詰まらせた。伏せていた顔を上げると、月光で少女の顔が青白く照らされる。線がぼんやりし、今にもーー。
「行かない、で……。行っちゃ、やだ……」
菜珠葉の手は凛の腕を掴む。思わずこぼしてしまった願いを急いでかき戻そうとするも、伸びてきた手に止められてしまう。川が氾濫するのは一瞬の出来事だった。
「りん、ちゃんといっしょのがっこう、いきたかった……。いっしょのぶかつにはい、って、ともだちつくりたかった……。かえりみちに、ショッピングいきたくて、いろんなところ、でかけたかった……」
ーー凛ちゃんがピンク色なら私は赤色のランドセルにしよう。
『なんできょう、とおくにいっちゃうの?いっしょにたんじょうびかい、するって……』
『これって、たなばたのおりひめとひこぼしみたいだね!』
『またあえる?』
『ぜったいあえる!ひこぼしがおりひめをわすれたことなんてあった?ないよね。だから、あたしはまた、なーちゃんというほしにあいにくるよ。こういうのって、ロマンチックっていうんだって』
『だからね、なーちゃん。あたしのこと、わすれないでね?』
(今でも覚えてる、あの日のこと。あの日もあの日も、おわかれの日も)
菜珠葉の脳内で再生される凛との日々。あまりにも短すぎて人生の瞬き程度のもの。けれど、菜珠葉にとっては大切な思い出だった。
「凛ちゃん、なんで…。なんで先に死んじゃったの……!」
「やっと言えたね。なーちゃんはすぐに溜めちゃうんだから」
「凛ちゃんの馬鹿、なんで一人だけ……。私一人じゃ何も出来ないのにっ……」
こんなことを吐いても意味がないことくらい分かっている。凛のせいではないと菜珠葉は分かっていた。
しゃっくりをあげ、自暴自棄になってる幼馴染をそっと凛は包み込む。それでも自分のことを未だに大切に想ってくれているのは申し訳なさ反面、単純に嬉しくもあった。足りない腕を回そうとしていると、菜珠葉の後頭部に目がいった。価値なんてない、ただのおもちゃの星のヘアゴム。使用感があるゴムを見て、凛の胸にはキラキラと輝くものでいっぱいになり、意を決した。
「そんななーちゃんに素敵なお知らせがあります。今日、今ならなんとなんとー?特別に一つだけお願い叶えちゃうよ!」
「お願い……?」
「お、おうとも!」
菜珠葉がまさか気乗りするとは思わなく、それでも菜珠はの涙が引っ込んだことに凛は内心安堵した。
「何がいい?あ、ダメなものはダメだからね!」
慌てて念を押す凛に菜珠葉は素直に頷く。
(願い、ごと……)
腫れぼったい目をゴシゴシと拭くなり、状態をすぐに立て直した。これには凛も驚いたようで、大きな瞳をさらに見開く。
「決まったの?」
「うん」
菜珠葉は今度こそ力強く頷き、口角を思いっきり上げた。大好きな人に綺麗に映るように。
「来世では一緒に生きて欲しい」
短い喉が上下に動いていた。
「それで、それでね。私がおばあさんになってそっちに行くまで、待っていてね」
その瞬間、星が流れた。夜空を覆う雲が消え去り、大小様々な星がいくつも流れる。どこかで感嘆の声が上がっていた。
「……あたし、全く成長しないよ?」
「凛ちゃん可愛いからどんな姿でもいいよ。むしろ私の方がよぼよぼになっちゃうけど、いい?」
切なさはあるが、自分にとって凛は凛である、と思っていた。菜珠葉は苦笑いしながら返すと、凛は唇を震わせながら、頭を振る。左右にピンク色の尻尾が揺れていた。
「ぜんぜんっ、いい……。菜珠葉、世界でいっちばん、可愛いもん」
「ありがとう。照れるなあ……」
「嘘じゃないよ?ほんと、はね。あかぎくんのこと……振ってくれて嬉しかった……。菜珠葉はあたしのものだって、思ってたから」
凛の体が菜珠葉の方に飛びつく。小さい力なのに、菜珠葉の背はソファに強めに当たった。
「思ってた、じゃないよ。私は凛ちゃんのだよ」
この夜の流星群はしばらくは止まなかった。流れ星は宇宙からのチリだというが、菜珠葉にとっては愛しくて堪らないものだった。
最初のコメントを投稿しよう!