ep.32 クモの糸

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ep.32 クモの糸

 どこか懐かしく感じる教室に早朝にしては賑やかな人の群れがドアからも溢れていた。    何かあったのかと人の群れを避けながら教室に入ると、黒板に書かれていた文字に驚愕した。    その直後、黒板で群れていた生徒たちが一斉にオレの方に振り向く。  “ 教育実習生と遠野向糸が密かに交際中!マジですか男同士ですけど!! ”  愕然とするも脳内が動かない。 (どうして?なんで見つかったんだ?誰にも知られないように学校では極力普通にしていたのに!) 『実習生の名前は載せてないが、遠野の名前だけか……悪意があるな』  いつしか隣のクラスにいる友人の白埜でも尋常じゃない程の生徒の群れの流れに顔を出して、眉をひそめてつぶやく。 『とーのー、マジ?マジ?実習生って女子に人気あるじゃんね!』  もれなく沢坂もやって来て悪気が無いとわかっての発言だけど『女子に人気がある』って事がいつも気になっていた。 ドスっ   『フォ~ッ、白埜(しろや)ひどっ!おれのみぞおちーっ』 『いや~やめてよ!高林先生だったらどうするの?! 先生にまでモホの色目を使わないで!』 『遠野って前に他の男子と噂になってなかったか?なんで男なのに男にモテんだ』 『実習生って3人いるけど皆ノンケっぽいのに、きっと遠野君にたぶらかされたんじゃないの、可哀そうっ』 『モホならモホ同士やってろよ』 『無害な嘘顔して毒の蝶』  耳を塞ぎたくなるような痛罵する声……。  おれは確かに『そっち』の方で、今までは密かな安楽の日々に満たされていてこれが普通一般の反応なんだと思い起こされ、心臓が歪になるくらいぐちゃぐちゃに押し潰しながら息を殺す…。  噂は火のない所に煙は立たないはずだ。 教育実習生が矢部さんだと知られないようにしないといけない……それがオレにできる矢部さんとクモのような糸で繋がれている必死なモノ……オレは手を離されないように死守しなくちゃいけないモノ。 ――でも、お前から手を離したんだろ?―― (ちがう……っ) ――トントン  なんの、音?  トントン、トン 「……ん…」  全体が白い靄に包まれていたものが鮮明になっていくと、見慣れた部屋の景色が映り出した。  眠っていた脳が覚醒して、個室のドアのノック音だとわかった。 「あ……っ」  また、なんか夢を見た……オレ、へんなこと言って唸っていたのだろうか?慌ててベッドから起き上がってドアノブを回すと同室者の会長の顔がそこにあった。  挨拶が先なのにグッと喉がなったので怪訝な顔をされたけど「起きたのならいい」と言ってサッとその場から背を向けて移動した。  会長はもう既に制服を着て登校準備万端って感じで、さらに時間を告げられて焦るオレ。 「すみません……今、支度しますからっ」  パタパタと室内を走りながら洗顔と制服に着替えて、何故か待ち構えてくれている会長の後を追って部屋を出た。  背後について廊下を歩いているとき、会長が「朝食よりギリギリまで寝ていた方がいいタイプか?」と暗に寝坊して朝食を抜いてしまったことを気遣ってくれたようで食堂で残ったというパンの入った袋を手渡された。 「あ、どうも…朝食を抜かないタイプだと思います…なんか、変な夢を見まして……」 「なら時間指定でもしろ、起こしてやる」 「え?」  会長は小さく微笑したのか、肩が動いた。  玄関のロビーでは生徒会役員を囲んで学生たちが揃いを見せていた。役員には小虎や他の補佐も付き添っている。  ふと夢の事もあってか、そのことでいつもは群衆が気にならなかったのに今日は気分がすぐれない。
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