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情けは無用だ
毒蜘蛛の言葉に、さすがに金持ちも激昂する。
「言わせておけば言いたいことばかり。俺はお前みたいな下働きの人間や工員や農民とは違うんだ。工場も農場も潰れちゃおしまいだろ? 責任だってある」
金持ちに怪盗が反論する。
「けど、工場や農場が潰れる前に、そこで働く人を潰しちゃ話にならないよな。
たとえば、お前の工場で働いていた男が働きすぎで体を壊してクビになった。おかげで子どもは進学を諦めて働くことになった。
あるいは農民のひとりは肥料も農機具も足りない中で、生産量の増量をお前に求められ、休みなしで働き続けた。けど、挙句の果てに目標に届かなかったとお前にさんざんバカだ無能だと罵られた。その農民はどうなったか知ってるよな?」
金持ちの頭にひとつの光景が浮かび上がる。納屋の天井から吊り下がる人影。金持ちは息を飲む。
「しょせんはその程度の弱い人間だったんだよ。代わりの人間ならいくらでもいるからな」
下働きの男の身体全体に怒りと憤りが満ちる。天井から吊り下がることを選んだ農民は下働きの男と仲が良かったのだ。仕事が終われば街の居酒屋に行き、息抜きと仕事の愚痴を言い合う仲だった。
その仲間が失われ、酒場で怒りと悲しみの酒をあおっていたところで、怪盗に仕事を手伝ってもらえないか? と声をかけられた。そいつは愉快だな。下働きの男は怪盗に協力することに決めた。
「こいつは反省するそぶりも見せないな。しょうがない。情けは無用だ。やってしまうしかない」
怪盗が毒蜘蛛に向かってそう告げた。毒蜘蛛は大きくうなずくとクモの糸を放ち、金持ちの身体をぐるぐる巻きにする。金持ちはたちまちサナギのような姿になる、太さのあるほのかな銀色をしたクモの糸に全身を包まれたサナギだ。
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