名乗るほどの者ではないが

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名乗るほどの者ではないが

「お前、下働きの……」  金持ちは下働きの男がそこにいることに気づいたようだ。 「すみません、旦那さま」  下働きの男は気が動転して、その場に震えながら立ち尽くす。 「お前、そんなに縛り首になりたいか! こっちはせっかくお前みたいな奴を雇ってやってるんだ! それなのに恩を仇で返すような真似をしやがって!」  金持ちの怒鳴り声に、下働きの男はすっかり震え上がる。金持ちの手には棍棒が握られている。それは護身用にいつもベッド脇に置いてある棍棒だ。 「ははは。お怒りのようですね。この薄汚いカネの亡者め」  下働きの男のそばで、怪盗が愉快に笑う。 「お前は誰だ!」  金持ちが棍棒を手にしたまま怒鳴る。 「名乗るほどの者ではないが、まあ泥棒家業ひと筋ってところだな。今夜はお前さんの屋敷で仕事をさせてもらっている」  怪盗はあくまで余裕でこたえる。金持ちの怒りさえももてあそんでいるかのように。 「何が仕事だ! 泥棒の分際で!」  金持ちは棍棒を振り上げる。下働きの男は思わず身をすくめる。そのときだった。寝室の窓ガラスが豪快な音を立てて割れた。それから窓の外からなにかが素早く飛んできて、金持ちの振り上げた棍棒に巻きつく。そのせいで金持ちはどうしても棍棒を振り下ろすことができない。
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