星を知る人

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 数ヶ月前から噂されていた、此処〈東城百貨店〉の取り壊しがとうとう半年後に決まったそうだ。年末で全テナントが閉店、着工は来春、らしい。  営業部の社員と付き合っている派遣社員の受付嬢が、誰にも言うなよって言われてるんだけどー、といつもの軽い調子を百貨店の共用ロッカールームで曝け出し、ペラペラと誰へ向けてということもなく喋り出した。 「えー、じゃあ、私たちどうなるの?」  隣のロッカーを開けたやはり受付嬢の子が即座に反応する。 「んー…契約打ち切り?あ、でも、跡地に建つのもショッピングビルらしいし、もしかしたらスターティングスタッフで入れるかもよー」 「えー、それめっちゃラッキーじゃーん!」  類は友を呼ぶ、とは良く言い得たものである。笹岡琴子は、背後で噂話に夢中な彼女たちの語尾の伸ばし棒の長さにいちいち心でツッコミを入れながら、自分の身だしなみを整える事から目を背けなかった。すると、営業の彼女の方が不意にこちらに話しかけてきた。その視線は、まだ首から下げたままの琴子のIDカードをなぞっている。 「あのー、上のプラネタリウムの方でしたよねー?」 「ええ…そう、ですけど」 「あそこもぜーんぶ壊しちゃうらしいですよー?大丈夫ですかー?」 「何が?」 「次のお仕事ですよー。経験値としてはあんまりですよね、プラネタリウムって」  だ・か・ら・な・に。  琴子は思わず口から溢れてしまいそうになった五文字をまばたきで宙に解き放った。ちょっと言い返そうとして振り向いた時にはもう、彼女はこちらに背を向け背中のファスナーホックに手を掛けていた。  百貨店の娯楽施設といえば屋上遊園地が主流だった四十年程前、東城百貨店が選んだのは本格的なプラネタリウムだった。物珍しさが功を奏し、人気を博したのもひと昔前の話。どちらかというとファミリー向けの企画だった東城のプラネタリウムは、後から出来た大人向けの高級感あふれる同業施設に遅れを取り始めた。  故に、徐々に放映回数も減らさざるを得ない状況だったのを、他施設にも普段から趣味で足を運んでいる琴子はなんとなく察していた。だから、あの噂話の一週間後、終業間際に全従業員が集められ、あらためて支配人がプラネタリウム事業からの〈完全撤退〉を宣言した時も妙に落ち着いてしまい、同僚から訝しがられたのも当然だった。 「笹岡さん、全然驚かないのね?わたし、もうショックで倒れそう。建て替えの話はほら…噂で聞いてたけど、まさかウチだけ撤退だなんて聞いてないわよ。てっきりもっとオシャレな感じにリニューアルするのかと思ってたから…」  琴子の二年先輩になる館内アナウンス担当の白鳥が、華奢な腕に小さな握り拳を作って憤慨している。琴子は慌てて、その場を取り繕おうと善処した。 「え…っ、いえ、あの、驚いてますよ。私も」 「うそぉ。あ、もしかしてその余裕、もう次の職場見つけてるとかぁ?」 「そんなこと!」 「あーあ、折角正社員で五年もやってきたのに、こんな事ならさっさと結婚しちゃえば良かったなぁ」  白鳥はゆるいウェーブのミディアムボブを揺らし踵を返すと、乾いたヒールの音を立ててロッカールームへと消えていった。  私だって、十分ショックだ。  三年前、この都会のど真ん中にいながらにしてやっとのことで見つけた〈星〉にまつわる仕事。例えそれが上映には直接携われないホールスタッフだったとしても、それなりに充実している、と、自分に言い聞かせて来れたのに。 「あ、笹岡さん、ちょっと」  呼び止められて振り返ると、支配人の井出が手招きをしている。開館時の立ち上げに携わった先代が引退した後を引き継いだこの雇われ支配人は、母体企業である百貨店側にうだつの上がらない典型的な中間管理職である。 「あのさぁ、君、春からはインフォメーションで受付やらない?」 「は?」一瞬目眩がした。 「ああいや、正確には今、百貨店の受付を斡旋してる派遣会社が、君に登録を勧めてきたんだよ。ほら君、こんな所に置いておくのがもったいないくらい見た目も…ねぇ」  私は言葉だけは丁重に選びつつ、下から舐めるような井出の視線を豪快に蹴散らしてその場を後にした。
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