一杯目 冒険の始まり

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 タン! タン!  女店員は乱暴に杯を二つ置くと、テーブルの上の銀貨をひったくるように回収する。哀れみを含んだあきれ顔で青年を一瞥した後、何も言わず去っていった。  その背中を青年が不安げな面持ちで見送る。 「酷い店員だろ? でもここじゃマシな方だ。気にするな」  男に促されて青年が杯を手に取った。 「前途ある若者の未来に乾杯!」 「乾杯……」  消え入りそうな声で青年が応じる。 「若いのに暗いな。悩み事があるなら聞くだけ聞いてやるぞ」  青年は(うつむ)いて杯を見つめていたので、男がにやけそうになるのを我慢していることに気付かない。  一度静かになった酒が細かく揺れ、ポツリと言葉が漏れた。 「どうしたら冒険者になれるんだ?」 「なんだ、そんなことか。養成所に行って冒険者登録証(タグ)をもらってこい」 「冒険者登録証(タグ)なら、ある」  青年は襟元から紐に通された木片を引っ張り出した。   クラス:ファイター   レベル:1   属性 :中立   ギルド:ヒドラの尻尾  男の顔があからさまに渋くなった。 「だったらさっさと訓練場(ダンジョン)へ行け」 「ファイターが丸腰でどうしろってんだ!」  ダン、と青年がテーブルを拳で叩いた。 「支度金があるだろう。もう使っちまったのか?」 「支度金? そんなの貰ってないぞ」 「……そういうことか」  面白い話が聞けると期待していた男は落胆した。 「何か知ってるのか!?」  男は青年に対する興味を失い、晩酌を再開する。 「頼む! 教えてくれ!」  必死の形相。帰れと言っても引き下がらりそうもない。  男はつまらなさそうに溜息をついた。 「おまえ、出身はどこだ?」  唐突な質問に戸惑いつつも青年は故郷の名前を告げた。 「ずいぶんと田舎だな。聞いたこともない」  青年は言い返そうとしたが事実だったので言い返せなかった。 「おまえはそこの農家の末っ子だろう」 「何でわかった!?」 「田舎者が冒険者になりたがる理由なんてだいたい同じだから、そうじゃないかと思っただけだ」 「同じような理由だと?」  男は青年をチラリと見て続けた。 「畑を継いだ長男に他の兄貴がいいように使われているのを見て腐ってたんだろ? 自分もああなるのか、って」  青年は口を閉ざした。沈黙は雄弁なり。 
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