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男がもう一杯注文しようとしたとき、バン! と荒っぽく店の扉が開けられた。
埃と血にまみれた冒険者が二人、入ってくる。
外套の男を見つけるとまっすぐにそのテーブルへ向かった。
恐縮しつつも切迫した様子で必死に話しかける。
男が外套を翻して立ち上がった。剣と楯を手にして店を出る。
二人の冒険者が慌ててその後を追った。
バタンと音を立てて入口の扉が閉まると同時に、近くで耳をそばだてていたドワーフが勢いよくテーブルの上に乗った。
「今回は俺が仕切らせてもらうぜ!」
その声はいつの間にか静かになっていた酒場に響き渡った。
「痩せた畑にタネ4つだ。さあさあ! とっとと収穫しやがれ!」
酒場中の冒険者が色めき立つ。
「あの様子だとタネが播かれてからそんなに時間は経ってない。案外収穫は多いかもしれんな」
「痩せた畑でも場所によるぞ。あそこだったら小麦は望み薄だぜ」
「おれは小麦2、大麦2を金貨5枚だ!」
「なかなか攻めましたな。じゃあ私は大麦2、落穂2を金貨3枚で」
突然の出来事に青年は戸惑う。
「いったい何が始まったんだ?」
「あいつの仕事の成果を賭けてるのさ」
「あのひとの仕事?」
「サルベージ、ダンジョンで遭難した冒険者の捜索だ」
男の答えに青年は首をひねる。
「それと麦の取引に何の関係が?」
「隠語だ、隠語。今回は中層で遭難者が4人。『小麦』が生存者で『大麦』は死体」
「それじゃ『落穂』は……」
「タグだけ」
青年は言葉を失う。
「普通ならタグすら見つからないことも多いが、あいつは現場への到着が抜群に早いからな。収穫0ってことはまずない。だから賭けが成立する」
青年が呻いた。
「人の生死を、しかも部外者が賭けるなんてどうかしてる」
「イカれているのは同意するが、部外者ってのは違うな。奴らはいつ自分が賭けの対象になってもおかしくないことを知っている」
それでも青年は不満げだった。
「まだ納得できないか? ここにいてもできることはない。なら、せいぜい豊作を祈ってやれ」
青年は少し考え、ドワーフを振り返り、叫んだ。
「小麦4を銅貨5枚!」
男は苦笑する。
「セコイ祈りだな」
*
ここは英雄亭。
死者を悼んで生者が祝杯を挙げる場所。
つづく
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