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12.モブ役者は、自覚もなしにプチバズる
それにしても、としみじみと思う。
僕のまわりにいる同業者たちは、華やかな人だらけだ、と。
パッと稽古場を見まわしただけでも、今日のメンバーにはきらびやかな面々しかいない。
主演の相田さんは実力派俳優と言われているけれど、それ以前にイケメンと呼ぶのにふさわしい外見をしている。
すらりと背も高く、いつでもおだやかな笑みを浮かべているような印象がある。
そのほほえみに癒されたい女性ファンも多数いるというし、全体的にまとう品の良さのようなものは、なかなかこれを持ち合わせている人はいない。
まぁ、だから前に『大店の若旦那』なんて表現をしたんだけどさ。
言うまでもなく、敵役の雪之丞さんにしたって、切れ長の目もとに色気があって、涼やかな美形だ。
そんな雪之丞さんの流し目は言うまでもなく絶品で、彼の本来の舞台である大衆演劇では、流し目ひとつで国が傾くだとか、毎公演おひねりの札束が舞うだとか言われていた。
それに、なにより現役アイドルの矢住くんは、キラキラしい少女マンガに出てきそうな王子様的イケメンなのはたしかなんだけど、少し幼さを残したかわいらしさもある。
こういうところは、ファンの子たちが『奇跡の美少年だ』とさわぐのもわかる気がする。
常に人に見られることを意識しているのか、気の抜けた変な顔とかになることもないし、どんなときでも油断してないところは、僕よりも年下だけどすなおに尊敬したくなるっていうか。
とにかく自分をいちばんいいかたちで見せられる、セルフプロデュース能力はハンパなかった。
雪之丞さんのおかげで、僕にとってのコンプレックスである、芸能人としての『華』があるかどうかということは、そのセルフプロデュース能力があるかどうかでしかないってことには気づくことができたけど…。
でも正直なところ、じゃあそれで具体的にどうすればいいのか、なんてことはわからなかった。
だって、セルフプロデュースもなにも、そもそもの僕の長所ってなんなんだ?!
地味な顔だからこそ、化粧のりが良くてどんな役にでもなれるとか、そこそこの演技力とか殺陣ができるとかは、言ってしまえばプラスアルファの技術でしかない。
たぶん『華』っていうのは、そういうことじゃないんだろう。
本人自身の持つ魅力を最大限に生かすっていうのは、ある意味でとてもむずかしい。
だって自分で自分のどこがいいのか、理解してなきゃいけないんだぞ?!
それって、結構ハードルが高い。
性格だとか、外見だとか、そこに特筆すべきことがあれば、それを伸ばしていけばいいのだと、先出の彼らを見ていれば気がつくことではあるけれど。
じゃあそれが僕のように特にこれといった特徴もないってなったら、どうすればいいんだよ!
いきなり、詰むだろ?!
芸能人としてはそこら中にいそうな顔立ちで、同じ芸能人ですらほれぼれするような、見るからにイケメンな東城とかとは大きく異なっている。
こんな風にきらびやかな人たちを近くで見ていると、こうして素顔をさらしていることですら、申し訳なくなってくるレベルだ。
ただでさえ、そんな外見がマイナスからのスタートなんだ。
なにをどうしたら、自分の内面的ないいところが思い浮かぶっていうのか。
いや、どう考えても無理だろ!
そりゃ、自分で分析した性格とかじゃ、負けず嫌いとかあるけれど、この世界に生きる人たちで、それを芯に持たない人はいない。
結局、僕には大した個性もないってことに終始してしまう。
……ダメだ、これじゃ延々とループしてしまうだけだ。
そりゃ、主役級の人たちと比べたら、僕が見劣りするのなんて、あたりまえと言えばあたりまえなんだけどさ。
あぁ、ダメだ……せっかく気づいたところで、やっぱり僕が華のある存在となるのに、道のりはあまりにも遠すぎる。
「なーに、おもしろ百面相してんですか、師匠?」
「え?あぁ、矢住くん。僕、そんなにおかしな顔してたかな……?」
いつも油断のない彼に指摘されると、とたんに不安がわいてくる。
「っ、別に!?」
チラリと見上げていた矢住くんの頬に赤みが差したと思ったら、そっぽを向かれた。
うーん、あいかわらず僕は嫌われてんのかな?
だけど、『くっそ、これで素なんだから、やってらんねー!ボクの計算が、あざとく見えんだろーが!』なんてつぶやいている声が頭上から降ってきて、やっぱりなにか僕は矢住くんを怒らせてしまったようだ。
声は手で口もとを押さえているせいで、くぐもっていたから、聞きまちがいの可能性も否定はできなかったけど。
でもなんとなく、声がイラついていることくらいはわかるから、そのニュアンスで察するしかない。
せっかくこちらに歩み寄ってきてくれたんだから、僕がまた怒らせて稽古を中断させるようなことになったら困るよなぁ。
……うん、気をつけよ。
「そ、それで、なんだっけ?」
矢住くんから振られた話題はなにかとつづきをうながせば、それまでどこか落ち込んだ様子だった矢住くんが僕の横に腰を下ろしてきた。
さりげなくため息のオプションつきで、やっぱりまだどこか怒りの気配がにじむ姿に、落ちつかない気持ちになる。
「さっきの理緒さん、なんだかおかしかったから。ボクたちの顔を見てすぐにボンヤリしたり、最後にはなんか、泣きそうにも見えたから……」
なにそれ、めちゃくちゃ不審人物じゃん!
「………それは、ただの情緒不安定な人だよね。うん、ご迷惑おかけしました……」
「はぁーー、やっぱりわかってないッスね」
反省を込めてそう返せば、しかしわかりやすく大きなため息をつかれた。
「え?」
「だから!理緒さんがなんか悩んでるなら、ボクでよければ話くらい聞いてあげないでもないっていうか……とにかく、その……察してよ!」
「うん??ありがとう、でも大丈夫だよ?」
照れながら話しはじめたと思ったら、急にキレる矢住くんに首をかしげるしかない。
年下の子にまで心配されるほどの高尚な悩みでもなんでもないし、なにより彼は僕にとってはコンプレックスを抱く対象でもあるわけで、正直なところすなおに相談はしにくいと思う。
「なんだよ、ボクじゃ頼りにならないって?!」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、どういうわけなの?!」
けれど矢住くんからの追及の手は、ゆるみそうになかった。
「むしろそういう意味では、このなかじゃ、いちばん頼れるのかもしれない……」
だって、このなかであえて意識的に華を演出できているのは、現役アイドルである矢住くんなわけで、そういう面から見たら、たしかにいちばん頼れる相手だ。
「ふぅん?で?」
どうやら僕に、黙秘するという選択肢はないらしい。
さも当然のようにその先をうながされ、覚悟を決めて口を開いた。
「いや、あの、端的にいえば……自分の地味さにガッカリしてたところと言ったらいいのかな?」
ほかのメインキャストの人たちと比べたら、やっぱり自分では見劣りをするという、あたりまえの事実に今さらながら落ち込んでいたのだと告げれば、名状しがたい顔をされた。
えっ、矢住くん、その顔は人前にさらしていいものなの?!
いつも隙がなくて、変顔をさらすこともない彼にしては、とてもめずらしい表情なのはまちがいない。
「理緒さん、それ本気で言ってます?」
「え、うん……本気もなにも、ゆるぎようのない事実じゃない?」
「はあぁぁぁぁぁ~~~~」
たっぷりと尺をとって、大きなため息をつかれた。
えっ?
その反応は、どっちの意味なんだ??
額に手を当てたまま、斜め下を向く矢住くんに、どう言葉をかけていいのかわからない。
「……前に、月城さんの稽古風景をSNSにアップしたいから、つきあってくれって言われて撮った動画あったじゃないですか」
「あぁ、雪之丞さんから頼まれたヤツだよね」
もちろん、それは覚えている。
その日は矢住くん演じる悠之助と、雪之丞さん演じる敵のボスが刃を交えるシーンの手をつけてもらっていて、その際に頼まれたことだ。
僕自身はSNS関係は一切やらないからわからないんだけど、毎回雪之丞さんのところではファンのために稽古動画をあげるのがお約束らしい。
そんなわけで今回は外部での舞台だけど、どうせなら相手のいるシーンを撮ろうとなったわけだ。
だけどそのときはまだ、矢住くんの殺陣はそこまで完成してなくて、結局悠之助役は僕が引き受けたんだっけ。
一応、その殺陣自体は矢住くんのアンダーの僕も教えてもらっていたし、あとは僕のほうはあっさりと肖像権の問題もクリアできるっていうのもあった。
なんていうか、いい意味で放任主義なうちの事務所は、SNS上の動画に登場すること自体まったく問題ないらしい。
あれは久しぶりに本気を出した殺陣稽古で、めちゃくちゃ楽しかったのはまちがいない。
なかなか同年代の役者さんたちと、あそこまでスピーディーな手を打ち合うって、めったにできないことだし。
それに、あの雪之丞さんのファンに公開するものなんだから、彼の良さを僕のせいで打ち消してしまったら失礼になるだろうからと、とにかく必死に食らいついていったわけだけど……。
打ち合う最中の雪之丞さんの顔を見れば、きっと本人にも楽しんでもらえたんじゃないかって思えてくるくらいには、おたがいに全力でぶつかりあっていた。
「あれ、ボクのほうでも引用してコメントしたんですよ、実は。そしたら急激にファンのあいだで拡散されちゃったみたいで……」
「えっ?」
なにそれ、不安しかないんだけど。
そもそも僕はSNSはやっていないから、関係ないっちゃ、関係ないんだけどさ。
でも、正直なところ拡散されたと聞いた瞬間に思ったのは、今度はどんな誹謗中傷を受けることになるんだろうか、ということだった。
だって、もしかしないでも矢住くんもアイドルをやってるくらいだし、東城のところみたいに過激派のファンがついていたっておかしくないわけだろ?
脳裏によみがえるのは、東城のデビュー後しばらくつづいていた、彼のファンからの誹謗中傷の嵐だった。
当時、東城はことあるごとに、ドラマ撮影のときは僕にお世話になっただとか、僕のおかげで演じることが好きになっただとか、過剰なくらいに言いまくっていたわけだ。
もちろんそれは、本人いわく『周囲への牽制』だったらしいけど、その牽制は、あろうことか関係のない彼のファンの心理まで逆なでしてしまっていたらしい。
いわく、『売れない地味俳優のクセにナマイキだ』とか、『無名俳優が先輩面するな』とか、それはもうさんざんに扱き下ろされた。
不幸の手紙的な郵便物をもらうことも多々あったし、ネット上でもさんざんに悪評を書かれ、それが怖くなった僕は、一時は引退まで考えたこともあった。
でもさすがにそれは東城本人に泣いて止められたから、引退自体はとりやめたものの、代わりに僕は今の芸名にあらため、それ以降は東城との共演はNGとなったんだ。
おたがいに、どっちが悪いわけでもないのに、なんとなくギクシャクする原因になりかけたのは、言うまでもない。
まぁ、なぜか東城本人からは、あいかわらずなつかれているわけだけど。
───と、それは今回直接関係はないわけだからさておくとして、そんなことがあってから自衛のために、一切ネットでの評判を視界に入れないようにしていたんだ。
だから今回も矢住くんがどう書いたにせよ、僕に対するファンからの苦情が来ていることだけはまちがいないんだろう。
あぁ、もうイヤだな、胃が痛い……。
またしばらくは、外を歩くときは身辺に気をつけなきゃいけないやつだろうか。
気持ちは暗く、深いところへ落ちていく。
こんなことになるくらいなら、いくら恩ある岸本監督のためとはいえ、やっぱり配役をはずされた時点ですなおに引き下がり、アンダーなんてやらなきゃよかった。
なんて、そう思っていたのに、現実は僕の想像をはるかに上まわってくるらしい。
矢住くんから言われたのは、予想だにしないセリフだった。
「すげーカッコいいって、ボクのファンの子たちのあいだで、めっちゃ評判になってるんスよ、理緒さん!」
「……………………はい?」
すいません、それはまったく想定してませんでした。
どういうことなんですか、それ!?
思ってもいない方向から顔をはたかれたようなふいうちに、目を白黒させるしかなかった。
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