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16.残念女王は、とびきりの爆弾をかかえている
僕が矢住くんたちと舞台の稽古をしていたスタジオに、突然あらわれたのは、人気女優の宮古怜奈さんだった。
スタッフに歓迎され、全力でもてなされている姿を見ながら、僕はよぎる予感の危険さに、それどころではなくなっていた。
「おや、いらっしゃい怜奈ちゃん。この前の東城くんとのドラマも見たよ。また一段と上手くなってたね」
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたんだろうか、奥から岸本監督がやってきた。
にこにこと柔和な笑みを浮かべたその姿に、宮古さんもあいさつを返している。
「ありがとうございます。お忙しいところ、お邪魔してしまってごめんなさい!つい、監督たちがいると聞いたら、我慢できずにお顔を見たくて来ちゃいました!」
口もとで両手を合わせ、小首をかしげながらあやまられたら、たいていのことはゆるしてしまうと思う。
「いやいや、いいんだよ。気の済むまで見ていってくれるかい?そのほうが、みんなの士気もあがるだろうしね」
案の定、岸本監督はあっさりと許可を出す。
それに対して、周囲のスタッフたちもその言葉どおりにうれしそうだ。
「キャー、ありがとうございます!お願いついでに、ちょっとモニターと矢住くんたちの時間もお借りしちゃいますね」
「うん?かまわないよ、なにを見るのかな?」
つづけてサラリと難易度の高めな要求をする宮古さんに、しかし岸本監督はあっさりと許可をする。
「えぇ、監督に誉めていただいたところで恐縮なんですけど、アレには、実は真の立役者がいましてね……よかったら監督も、いっしょに見ていきませんか?」
そのセリフを聞いたとたん、ふいに先ほど感じたばかりの悪寒は確信に変わった。
「ちょっと待って、宮古さん!それって……っ!?」
ダメだ、と言いたかったのに、そこから先は止める間もなく広田さんによってつなぎ終えたプレーヤーの再生ボタンが押されるのを、ただ見ているしかできなかった。
聞きおぼえのあるBGMが流れ、とっさに脳内には東城と宮古さんが共演した、例のドラマのクライマックスにして、第1話の冒頭のシーンが再生される。
だけど実際に画面に映し出されるのは、やや殺風景なスタジオの景色と、横顔の宮古さんだ。
あぁ、でもこの画は見覚えがありすぎる。
「っ!これって!?」
思わず一歩前に足を踏み出し、身を乗り出した矢住くんも、きっとこの音楽で即座にあのドラマを思い出したんだろう。
そりゃそうか、矢住くんは東城にあこがれてるって言ってたし、当然あれも見ていたわけだよな。
それと同時に、これから映るであろうモノを思い、僕はいたたまれなさに、思わず顔を伏せる。
耳もふさいでしまいたいし、なんなら今からでもモニターとプレーヤーをつなぐコードを引っこ抜きたいくらいだ。
「『愛してる……これからもずっと』」
本来ならば、これを言うのは東城のはずなのに、画面から聞こえてくるのは、もう少し高めの声だ。
でも発声の仕方から、ほんの少しの呼吸や間の取り方までもが、寸分たがわずに再現されている。
「ほう……?」
「なん……で……っ!?」
そのあまりにも東城の特徴をとらえたその演技に、見ていた岸本監督と、そして矢住くんからも感嘆の声があがった。
ふたりを感心させたその役を演じているのは、東城ではなく、僕たちの目の前にいる宮古さんだった。
かわいい系から美人系まで、ありとあらゆるヒロインを演じ分けてきた彼女は、しかし存外男前な演技も似合っていた。
「『っ、……………』」
けれど次の瞬間には、その代わりにヒロインを演じている僕が、『愛している』と返そうとして、しかし結局声にすることは叶わずに、グッとこらえる姿が画面いっぱいに映し出される。
あぁ、やっぱりっ……!!
これはあのとき──東城が撮影中に宮古さんを怒らせたからと、そのフォローのためにスタジオに呼び出されたときに撮られた映像だ。
簡単なカメラテストだと思っていたのに、まさかここまでドラマ本編に寄せた編集がされるなんて……!!
そもそもが宮古さんのヒロインの演技を見て、よりにもよって東城が『かわいくない』なんて言ったものだから、だれがそんな先入観をあたえたのかなんていう犯人捜しが行われたわけだ。
そこで東城の事前稽古に付き合っていた僕が呼び出され、どんなヒロインの演技をしたのか見せてみろとなったのが、これだった。
その後も、東城に見せたのとおなじように何パターンもやらされたそれは、うまく切り貼りされて編集され、きちんとしたドラマのワンシーンとして成立してしまっていた。
あぁ、もう、あそこのドラマのスタッフさんが変に有能すぎる!!
なぁ、泣いていいか?!
なにが悲しくて、自分的一生ものの恥映像を、こんな風に人前にさらされなきゃいけないんだよ!
ましておなじ稽古場の人たちに見られるとか、恥の上塗りでしかない。
この舞台で総合演出を務める岸本監督がこちらに来てしまっているから、結局みんなの稽古も止めざるを得ない状況で、手持ちぶさたになった人たちが出てしまったのも悪かった。
そのせいで、気がつけばモニターのまわりにはたくさんの人が集まってしまっていた。
モニターのなかでは、ほかにも宮古さんに頼まれて演じたお手本のシーンがうまくつなげられていて、いわばあのドラマのハイライト版の様相を呈していた。
さすがドラマ本編の編集もしていたスタッフお手製の映像だけに、カット割りからBGMに至るまで、手抜かりはない。
あのドラマのなかの東城のように、宮古さんの男前な演技はつづいていた。
その表情は、まぎれもなく東城のするそれで、さすが相手役として間近で見たきただけはある。
もちろんそんな宮古さんが演じていたヒロインの役は、彼女の代わりに僕が務めている。
シーンが切り替わり、それぞれの盛り上がる演出のたびに、周囲からはため息が聞こえてくる。
そのなかには、かわいいだとか、美しいだとか、そんな褒め言葉もまじっていた。
あぁ、たしかに宮古さんはとびきりの美人だよ!
そんな宮古さんが演じるイケメンキャラなんだ、カッコいいに決まってる。
かわいいどころの騒ぎじゃないのは、これで相手役を演じた僕が、一番よくわかってるよ。
ましてここには、その宮古さん本人もいる。
おなじ芸能人ですら見たくなるほどのスター女優さんなんだ、人だかりができるのも、仕方ないといえば仕方なかった。
そう思えば、はずかしいのなんて、もうあきらめるしかない。
最終的には、稽古場にいたほとんどの人たちがその手を止めて、モニター前に集まってきていた。
まさに、黒山の人だかりだ。
あぁ、もう、やってられない!
あれか、みんな東城の役を演じるカッコいい宮古さんが見たいのか?!
それならそれでいいから、せめて僕の出ているシーンだけモザイクをかけてもらいたい。
それは今さら無理だとしても、せめて武士の情けで見なかったふりをしてもらいたかった。
正直なところ、上映中は周囲の反応が怖くて僕は顔を上げられなかった。
だって、僕みたいなモブ役者が宮古さんの役を演じるなんて、おこがましいのはわかってるし。
……でもいいわけをさせてもらえるならば、あのときの僕にできる、最高のヒロイン用演技はしたつもりだった。
「………つーか、師匠、スゴすぎますって……いや、宮古さんの東城さんの演技のマネも、たいがい似すぎててヤバかったのに……」
矢住くんの、あきれたような声が聞こえてくる。
そりゃそうだよな、あきれるしかないよな……。
でも、チラリと見た矢住くんの顔は、なぜだか真っ赤に染まっていた。
ついでに言えば、口もとを片手で隠し、照れたようにうつむいている。
その横では、これまたなぜだか宮古さんが得意げな顔をしていた。
「いやはや、これは……おどろいたな。怜奈ちゃんの東城くんの演技もさることながら、眞也くんのこれは……」
「えぇ、ふたりとも、スゴい説得力でしたね。これは思わず、こういう企画をしたくなるというか、作り手側として大変刺激を受けますね」
岸本監督と、プロデューサーさんの会話は、まるで遠くの出来事のように聞こえていた。
「……さて、すっかりサボってしまったね、稽古の再開だ。怜奈ちゃんも、わざわざ来てくれてありがとうね」
そうして円盤の再生が終わったところで、岸本監督の号令をきっかけに、モニター前に集まっていた人たちが散っていく。
あとに残ったのは、ゲストの宮古さんと、そして矢住くんと僕の3人だけだった。
「ウフフ、気に入った?理緒たん先生のヒロイン、マジでヤバかったでしょ?」
「えぇ、正直なめてました。ますますボクがしっかりと師匠のこと守らないといけないなって……」
宮古さんの問いかけに、矢住くんがこたえる。
それ、どういう意味なんだよ?!
「今までは月城さんだけ警戒しとけばよかったんですけど、これからはアンサンブルの方からスタッフさんにいたるまで、各方面に目を光らせておかなきゃですよ!」
「あ、それ!月城雪之丞さんの『オレのシンヤ』発言は、物議をかもしているんだけど……主にあたしのところで!どういうことなの、アレ?!」
「それはですね……」
なんてやりとりが、またもや僕本人を置いて行われている。
このふたり、初対面のはずなのに、ずいぶんと気が合ってるなぁ……。
話題が僕絡みなのは、若干気になるところだけど。
「そっか、これからもあたしや東城の代わりに、ここでの理緒たん先生のガード役はキミに任せるわね!」
「ハイ!承知しました!!」
ビシッとおたがいに敬礼ポーズをとるふたりを見ているのはほほえましいけれど、だからなんで僕のガード役とか、そういう話になるんだよ!
「ふふ、そんながんばるキミには、ごほうびをあげなきゃね。この世にこれ1枚しかない、マザー落としのこの高品質DVD、かわいい弟弟子のために、お姉さんが特別に焼いてあげよっか?」
「マジですか!?お願いします!一生ついていきます、怜奈姉さん!!」
おいおい、よくわからないうちに宮古さんと矢住くんが、固い契りを交わした姉弟の関係になってるぞ?!
もはやツッコミをする気も起きなくて、盛り上がるふたりの様子を、ぼんやりと遠巻きに見守ってしまった。
そんな僕のほうへとふりかえった矢住くんが、頬をふくらませる。
「ほら、ボクが前に言ったとおりでしょ!本気の演技をしたときの理緒さんは、本当はめちゃくちゃ目立つんだって!ここにいるみんなの視線は、理緒さんの演じるヒロインに釘づけでしたから!!さっきの『かわいい』って称賛の声、理緒さんに向けての評価だったんですからね?!」
フンス、と鼻息も荒く矢住くんが胸を張る。
「えーと、それ宮古さんのことじゃなくて?そう言われても信じらんないというか……本人的には、あれははずかしさしかなかったんだけどなぁ……」
思わずぼやいてしまってから、横から迫る圧力を感じて顔を向ければ、宮古さんが両手を顔の前で組んで、キラキラとした目でこちらを見ていた。
「理緒たん先生、ごめんなさい……!そんなにはずかしがるなんて思ってなくて、あたしのために編集してくれたスタッフさんのやさしさに浮かれて、つい自慢しちゃいました……」
しょんぼりと肩を落とす宮古さんのそれは、たぶん演技なんだろうけれど、わかっていてもなお、だまされてもいいと思えるくらいには心がゆさぶられる。
「まぁその、宮古さんに悪気はなかったわけだし、どうせみんなすぐに忘れるだろうから、気にしないでいいです」
「やーん、さすが理緒たん先生、心が広~い!!ステキ~~!」
そう言って許すしかなかったと思う……たぶん。
「じゃあ、あたしはこれで。弟よ、この機会に全力で理緒たん先生の技を盗むのよ!じゃあ、また!」
「ハイッ!怜奈姉さんもお元気で!」
こうして、嵐のような宮古さんの来訪は終わりを告げたのだった。
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