19.モブ役者は、ついに決心する

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19.モブ役者は、ついに決心する

 僕にとっての東城(とうじょう)は、たしかにはじめこそ演技だのなんだのを指導した、いわば弟子的な存在だったかもしれないけれど、今となってはただひとりの大切な恋人だ。  だからきっと、相棒だとか相方と呼ぶのがふさわしいんだと思う。  僕とおなじように、離れているあいだのことを思って不安になっている東城を安心させたくて、はずかしかったけれど、そう告げた。  その瞬間、ふたたび熱い抱擁とともにされたのは、濃厚なキスだった。 「んっ……ふ、ぁ……」  こちらのくちびるを貪るようにしてされるキスは、いつかも東城からされたことがある。  息さえも食らい尽くすような激しいそれに、あたまがクラリとした。  でも相手からのあふれる愛情が伝わってくるから、息苦しさなんて気にならないくらい、うれしくてたまらない。  されるがままに、歯列を割って入ってくる舌を受け入れる。  そこからは無言のままに、たがいの舌をからめ合う。  だけどおたがいの身長差があるせいで、必死に上を向いているからか、どうしたって苦しくなってきた。  酸欠と合わさってからだの力が抜けて、クッタリと東城にもたれかかったところで、解放された。 「俺も、羽月(はづき)さんのこと、愛してますから!!」  リップ音を立てて解放されたと思った矢先に、キラキラと目をかがやかせながら、そんなことを言われる。  あぁ、もうはずかしいヤツだな。  とはいえ、そう言う東城もまた耳まで真っ赤に染まっていて、照れているのがわかる。  やっぱり僕たちは、どこか似ているのかもしれないな……。  イケメンな国民的大人気俳優と、万年脇役だらけのモブ役者じゃ、立場は似ても似つかないかもしれないけれど。  そういえば前に僕が距離を取ろうとしたときは、コイツのファンに『お前のような地味役者が、東城(とうじょう)湊斗(みなと)の相棒だなんておこがましい』なんて言って非難されてたっけ。  あのときは『あくまでも役の上での相棒であって、本人の相棒になったつもりなんてない』なんて思ってたけど、結果的には彼女たちの主張は正しかったわけだ。  うん、あのときの彼女たちに言われたことは、この日の予言のようなものだったのかもしれないな……。  あのころから、自覚の有無はさておき、たしかに僕にとって東城の存在は、ほかとはちがう特別なものに感じていたから。  結局のところ、僕は東城湊斗という、まぶしくかがやく存在に惹きつけられた有象無象のひとりにすぎなかったのかもしれない。  だけど、そうわかったところで、それで終わりにするつもりはなかった。  だって、欲が出てきてしまったんだ。  僕のなかにも『東城の隣に立つのにふさわしい存在になりたい』って、そんな願いが生まれてきてしまったから。  だから、僕は周囲に認めてもらえるように、これから努力する。  今までの僕に足りなかった、その最後のヒトカケラの技術も手に入れて、見るものすべてを魅了するような、そんな役者になりたいって。  東城の隣に立てるただひとりの人間になって、そのことに対して、だれにも文句を言わせない。  そんな存在になりたいんだと、思ってしまったんだ。  ───あぁ、そうだ。  この貪欲なまでの願いは、すべて『東城にとっての、ただひとりの存在でいたい』なんていう利己的な想いから生まれたものだ。  だけどそれがどれだけ傲慢な願いだと言われたところで、今さらゆずる気なんてさらさらなかった。 「今度こそ、僕は逃げないで、東城のファンにも認めてもらえるようにがんばるから!」  声に出して言えば、ずいぶんとむずかしいことを言っているようにも思えてくる。  それでもコイツといっしょにいるためには、きっと必要なことで、避けては通れないことなんだ。 「なら俺も、羽月さんに見劣りしないくらいの演技力を身につけます!そんでまた、ふたりでいっしょに主演しましょう!今度こそ、羽月さんに心の底から、『相棒だ』って言ってもらえるようにがんばります!!」  ……ほらまた、おなじこと考えてる。 「じゃあそのためにも、僕の都合がつくかぎり、これからも本読み稽古つきあうよ」  前は岸本監督からのお願いだったり、東城の事務所からの仕事としての依頼だったりしたけど、そういうのを抜きにして、いっしょに演じたいなんて思うから。  今のところ、表向き僕の共演NGは解けてないもんなぁ……。  たぶん当分の間は、なにかのきっかけでもないかぎりは、東城のファンに配慮しつづけなきゃダメだろうし。 「いいんですか?!あぁ、でも俺的には羽月さんといっしょに演れるのはうれしいんですけど、負担になりたくないっていうか……むしろ迷惑かけたりしたら、宮古(みやこ)さんに殺されるんで!」  まったく、こんなことくらいで目をキラキラさせるなんて、うれしい反応してくれるよな。  ……でもちょっと待て。 「なんでそこで、宮古さんの名前が出てくるんだよ!?」  思わず声を荒らげて、ツッコミを入れるようにたずねてしまった。 「え?だって、宮古さんと言ったら、俺にも負けないくらいのじゃないですか」 「そうなの?!」 「むしろ、あんなにわかりやすく『羽月さん萌え』を表明されると、さすがの俺も認めざるを得ないというか……」  どうしよう、またもや僕の知らない真実が明かされたんだけど。  僕萌え……??  なにそれ、マジで意味がわかんないぞ!? 「いやぁ、この前のドラマの現場では空き時間になると、ずっとその話題で盛り上がってたんですよね。宮古さん、羽月さんの出てる作品はエキストラだったのもふくめて、結構網羅してましたし」 「そんなこと、一度も聞いてないけど……」  どうしよう、あまりにも意外すぎて、話が耳を素通りしていく。 「まぁ、バラエティの再現Vとかまでは網羅できてなかったんで、俺のほうが詳しかったですけどね!」  なんでそこで胸を張ってるんだよ、お前は……。  なんのマウントだよ!? 「まぁ、宮古さんはある意味で俺たちの理解者というか、俺と羽月さんが共演するのをだれよりも楽しみにしてくれているみたいなんで、俺の『好き』とは若干ちがいますけども」  う、うん……待って、全然理解が追いついてない。 「なにしろ宮古さんの夢は『石油王と結婚して、スタッフさん全員を買収して公式タカリオを映像化すること』らしいですし」 「『タカリオ』って、僕たちの共演したあのドラマの……?」  東城のデビュー作である、例の深夜枠の連続ドラマのキャラクター名だ。  東城の演じた『貴宏(たかひろ)』と僕の演じた『理緒(りお)』、そのふたりをセットで呼ぶときの呼び名が『タカリオコンビ』だった。  ただ、なんとなく宮古さんの言うそれは、若干意味がちがうような気がしなくもないけれど、そこは気にしちゃいけないと思ってる。 「それです。宮古さん、そこで羽月さんヲタになったんだって言ってました。だからね、俺とおなじように羽月さんと、いつかいっしょに演じられたらって」 「そう、なんだ……?」  やけに好感度高いとは思ってたけど、そんなことまで思っててくれたのか。 「ということで、俺が万が一にも羽月さんを泣かせたら、殺されるっていう話になるんですよね」 「へ、へー……」  こんなとき、どういう反応するのが正解なんだろうか? 「まぁ、それはさておき!そんな宮古さんとも話してたんですけど、マジで月城(つきしろ)さんには気をつけてください!あの人、まちがいなく羽月さんのこと、狙ってますから!!だいたい言うに事欠いて『オレのシンヤ』ってなんなんですか!!羽月さんは俺の恋人なんですよ!!」  憤激する東城に、ふたたび頬が熱くなる。  うん、あらためて東城から『俺の恋人』って言われるの、照れるな。  ヤバい、すごい心臓がバクバクしてきた。  はずかしいけど、めちゃくちゃうれしいかも。 「……あぁ、うん、そこは僕だって気をつけてるっていうか、むしろ代わりに矢住(やずみ)くんが守ってくれてるっていうか……」  おかげで顔があげられなくて、ニヤけそうになる口もとを隠して、もごもごとそう言うのが精一杯だった。 「え、矢住が?」 「うん、『師匠の代わりにボクがガードする』とかなんとかって……」  そう宣言されてからは、雪之丞(ゆきのじょう)さんにからまれてるときに助けてくれるようになったんだよね。 「なるほど、問題はそこに下心があるかどうかだな……」 「えっと、下心もなにも、むしろ矢住くんには最初嫌われてたくらいだったんだけど?」  まぁ……そりゃ東城のファンを自認しているなら、理緒役の僕が嫌われたってしょうがないとは思う。 「どうせ羽月さんのことだから、自覚もなしに相手を落としていってるだけですよ!?面倒見はいいし、役に入るとカッコいいし、なのに素はかわいいところもあって、そのギャップを見たら、絶対惚れちゃうと思うんですよ!!」 「そうかなぁ、それは東城だけじゃないの?」  あまりの力説っぷりに、首をかしげるしかなかった。 「それに矢住くんは、東城にあこがれてるって公言してるじゃん。僕と東城じゃ、系統がちがうっていうか……」 「でも惚れるのって、そういう元々の好みとか関係なく、ある日突然好感度が振り切れて恋に落ちるもんなんです!」  本当に、そうなのかなぁ?  ……なんて思って、自分が東城のこと好きになったのはいつだったんだろうって、思い返してみる。  あれ、そう言われてみると、明確にいつからって言いにくいのかもしれないな。  気がついたら、ドラマの共演中にはすでに特別枠に昇格してたっけ。 「そっか、そう言われてみると、たしかにそうかも。気がついたら東城のこと特別な存在だって思ってたし、まぁ僕の場合、それが『好き』だってことを自覚したのは、だいぶ後になってからだったけど……」 「そういう天然なところも、大好きです!」  そう言いながらも、バードキスがふり散らされる。 「ちょっ、くすぐったいって……!」  そのくすぐったさに首をすくめれば、すぐに解放された。  でも東城の顔は、わかりやすくデロデロに甘くなっていた。  あぁ、胸のあたりがホカホカとあたたかい。  こうしてじゃれあうのも、また楽しくてたまらなかった。  今だけはコイツのこと、僕が独占してるんだと思ったら、うれしくなると同時にファンに認めてもらえるようにならなきゃいけないことを思い出す。  そうだ、いくら東城や宮古さんに許されても、いちばんの難関は東城のファンだ。  少なくとも共演NGが解けるくらいには、認めてもらわなきゃ!  でもそのためには、僕もふたりに負けないくらいの『華』のある役者にならなくちゃダメだ。  僕がいくら考えたところで、自分のいいところがどこなのかわからなくて、悩んでたんだ。  ひょっとしたら、東城ならわかるんじゃないかって、せめてそのヒントだけでももらえたらと思っていた。  前までは先輩としてのプライドだとか意地だとかで、色々とためらう理由があったけど、晴れて相方だとおたがいに認識できたなら、ちょっとくらいは甘えてもいいだろうか?  チラリと東城の顔を見上げれば、目が合った。 「あのさ、お願い聞いてもらってもいいかな?」 「はい、なんなりと!」  恥を忍んでたずねれば、威勢のいい居酒屋みたいなこたえが返される。  それに安心して、僕も東城みたいな『華』のある役者になりたくて、でもそれが自分の長所をいかに人に良く魅せるかっていう技術にすぎないとわかったところで、その先に進めないのだと打ち明けた。  だから東城から見て、僕の役者としての華を持つための長所について、ヒントをほしいとお願いする。 「任せてください!宮古さんも認める羽月さんガチ勢トップオタの俺が、羽月さんのいいところ、いっぱい教えます!!なんなら一晩中語れますよ!」  そうして緊張する僕に、東城は実にいい笑顔で返してきた。 「ありがと、助かるよ」  でもまさか、そのセリフが文字どおり一晩中になるなんて、今の僕には知るよしもなかったのだった。
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