20.イケメン俳優はモブ役者のガチ勢なので……

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20.イケメン俳優はモブ役者のガチ勢なので……

 うん、朝日がまぶしい。  徹夜明けの目には、その明るすぎる光が痛いくらいだった。  東城(とうじょう)の自宅の部屋はタワーマンションの高層階にあって、なおかつリビングには大きな窓ガラスがあるから、よけいにまぶしく感じる。 「夜、明けちゃいましたね……」 「うん、まさか本当にそうなるとは思わなかったけどな……」  あまりのまぶしさに、よろめきそうになる僕を背後から、東城がしっかりと支えてくれる。  東城の部屋で夜を明かすのは、これが二度目だった。  一度目は、僕が宮古(みやこ)さんの演技指導で協力したドラマの最終回を見た日。  あの日は舞台の配役内定の話も受けて、飲みすぎて酔いつぶれたんだったっけなぁ。  そして二度目となる今回は、文字どおり一晩中、東城から『役者・羽月(はづき)眞也(しんや)の売りになるところはどこか』という話を聞かせてもらっていたわけだ。  おたがい、いい大人なのに、本当になにしてんだろうな?  ふと、遠い目をして考えてしまった。  東城の部屋ですごしたこの一夜を思い返してみれば、複雑な思いが込み上げてくる。  いや本当に、なにしてたんだろうな……。  これでも一応、相手のことを大事な恋人だって自覚してるっていうのに、その恋人の部屋でのお泊まりにもかかわらず、全然艶っぽい空気にならなかった。  結論から言えば、それくらいにおたがいが演劇好きな演劇バカだってことにすぎないんだろうけれど。  だって、東城が一晩中語って聞かせてきたのは、僕がこれまでに出演した作品すべての役への細かい感想だったから。  いや、ふつうそんな端役までおぼえてないだろっ!って思うようなチョイ役にまで、どこがよかったとか、どんなシーンの表情でグッときたかとか、詳細に語られるとか信じられるか?!  しかもそれがまた、的確に僕の考えた演技プランをあててくるから怖い。  とはいえ、そこから先は東城がなにを言ってくれるのか、楽しくなってきたところもあったんだけど。  ……そりゃもちろん、はずかしさはあったけどな?  こんなふうに演技の話だらけのままに朝を迎えてしまったというのに、わりと充実してたな……なんて思ってしまったんだ。  だれに気兼ねすることなく、ずっと東城と演劇の話ができたのが楽しくて、それこそ修学旅行のときに友だちと語り明かす感覚に近かったのかもしれない。  そういう青くさいことも、相手が東城だからこそ、特別なものに変わる。  なにも別に大人だからといって、離れていた期間の寂しさを満たすためにからだを重ねなくとも、それに負けないくらいに心が満たされることもある。  ひょっとしたら東城には物足りなかったのかもしれないけれど、とてもそうは思えないくらい、なんなら徹夜明けとは見えない程度にはツヤツヤしていた。  いわく、『羽月さんの成分をあますことなく補充できました!』だそうで。  そう思うと、むしろ僕のほうがダメージは大きかったかもしれない。  なにしろ一晩かけて、東城(とうじょう)湊斗(みなと)に褒めちぎられるんだぞ?!  素の言動からしてスポーツマン系さわやかイケメン、しかも顔面は国宝級ときた日には、それがどれほどはずかしいことか、想像してみてほしい。 「東城が僕を褒めてくれるのはうれしいんだけど、なんでそこまでバラエティ豊かに演技を褒められるんだ?どれだけ語彙力豊富なんだよ、おまえ!?」  おかげで朝日を浴びながら相手の顔を見上げ、思わず八つ当たりをするような口調になってしまった。 「もし俺の褒め方が語彙力豊富に感じたなら、毎回羽月さんがちがう役を演じるたびに、それだけ細かく役作りをしてたってことでしょ?その演技を見て、俺が感じたことを述べたまでなんで」  にっこりと笑みを浮かべる東城に、僕は言葉を失った。 「つまり思わず記憶してしまうほど、その役を演じているときの表情ひとつひとつが、すべて魅力的に映るんですよ!それもこれも、演技中の完ぺきな『()』の取り方があればこそ!!」  グッとにぎりこぶしを振りあげる東城に、ハッとさせられる。 「完ぺきな『間』……」  たぶん、これまで一晩かけてはずかしさをともなって褒めちぎられたのは、このひとことに集約されるわけか。  たしかに芝居においての間というのは、見ている人をその物語に引き込むための大切なファクターではある。 「そうです、それこそ羽月さんが無意識でやってることかもしれないですけど、どれだけマネしようとしても、そのセリフと演技をあそこまで効果的に見せるための間の取り方が、俺では再現できないんですもん」  少しくやしさをにじませる東城に、あらためて考えてみた。  演技プランというと、セリフを言うときのスピードだとか、抑揚だとか、口調とか、わかりやすいところを変えるのは簡単だ。  だけど演技自体はおなじままに口にしても、それをどういう気持ちで言ったのか、ほんのわずかな間のちがいだけでもあらわすこともできる。  たとえるならば、脚本に『好き』と相手に告白すると書かれていたとしても、そこに至るまでのその役の考え方なんて、どこにも書いてない。  無論そのときの気持ちについては、監督からの指示が入ることも多い。  だけどその想いを伝えると決めたきっかけだとか、それまでの葛藤だとか経緯だとかは、描かれていないとしたら。  その背景を作り込むのは、僕たち役者の演技の力量だ。  なくても話は伝わるけれど、よりそこに至るまでの背景が伝わることで感情移入がしやすくなるし、キャラクターもリアルになっていく。  相手との掛け合いにしてもそうだ、そのセリフのかぶせ具合だとかでも、関係性をにじませることもできる。  脚本は変えられないとしても、僕たち役者はそこに書かれていない部分さえも、表情ひとつ、間の取り方ひとつでその演技ににじませることができる。  もっと言えば、その組み合わせ次第で、いくらでもふくみを持たせることだってできるんだ。  でも東城に指摘をされるまで、僕はその間というのを、特に気にしたことはなかったかもしれない。  たしかに彼の言うとおり、そこは無意識に勘のようなものでやっていた気がする。 「一晩かけて語れるくらい、これまで俺の心に刺さりまくっていた羽月さんの演技の間が、すべて無意識のうちにやっていたことだとしたら?」 「うん、たぶん無意識、なのかもしれない……」  東城にたずねられ、考えた結果を口にする。 「それって、羽月さんのなんでも演じられる演技力と合わさったら、結構な武器だと思いませんか?」 「あ………そっか、そういうことか……」  それは目からウロコが落ちるような、思わぬ指摘だった。  きっと僕と同じくらい演じられる役者さんは、この芸能界にはいっぱいいる。  顔だって、特別いいわけじゃない、それこそそこらに掃いて捨てるほどいるレベルでしかないけれど。  セリフを口にするタイミングに関しては、これまでほとんどダメ出しをされたことがなかった。  監督の思い描くキャラクターとの乖離があって、演技自体の方向性を指示されたことはあっても、余韻だとかかぶせだとかは、わりと自由にさせてもらってたっけ。 「間の取り方って、初心者にはむちゃくちゃむずかしいことなんですよ!俺はとにかく苦労しました。ドラマだと相手とのセリフの間くらいなら、ある程度は編集で補正できますけどね。でもその天性の勘があるなら、それはほかの人には簡単にはマネのできない立派な武器になり得ますよね?」  あぁもう、どうして東城は僕のほしい言葉をくれるんだろうか。 「ありがとう、東城。おかげで、勇気がわいてきた」 「どういたしまして、羽月さんのいいところなら、いつでもいくらでも俺に聞いてください。また迷ったときには、俺がその背中を押してあげます」  お礼を言えば、そんなこたえがかえってきた。  最初はセリフまわしやら表情のつけ方やら、やたらと褒められるだけが居たたまれなくて、やめてもらおうかと思ったけれど。  しかしこっちからお願いした手前、途中で『もういい』と言うわけにもいかなかったから、困ったんだっけ。  あげくの果てに、隠しきれずに照れが生じてきたら、『そんなところもギャップがあって、たまらなくかわいいです』ときた。  もう勘弁してくれよ、東城が男前でカッコよすぎて僕の心臓がもたない。  いや、たしかに最初にたずねたときに、一晩中でも語れるなんて言われたけれど、だれがそれをガチのヤツだと思う?  ふつう、それくらいたくさん褒められるネタがあるから安心しろって意味だと思うだろ。  それがまさかの比喩表現ではなく、マジで一晩かけて語り明かされることになるとは思わなかったよ!  でも、おかげで少し自信が持てたかもしれない。  地味なモブ役者にすぎないと思っていた僕でも、華のある役者になれるかもしれないなんて、そんな夢のようなことを思えるようになったなんて、今までの自分からしたらとんでもないことだ。  そんなおこがましいこと、今までだったら考えられないことだったのに。  だけどさ、堂々とコイツの───東城の隣に立てるようになるためには、必要なことだから、無理でもやり遂げなくちゃいけないんだ。  東城のことが好きだから、がんばって立ち向かおうって、そういう勇気が湧いてくる。  なんかこういうの、いいよな。  目標ができて、それに向かって進んでるのって、すごくワクワクする。  そりゃ簡単にはいかないことなんだろうけどさ、だからこそ、よけいに努力のし甲斐があるってもんだ。 「完全に吹っ切れた感じですかね?人前じゃおとなしいふりしてるけど、本当の羽月さんって、結構負けず嫌いですもんね。そんな勝ち気な顔してます。俺の大好きな顔のひとつです!」  そんなことを考えていた僕の顔をのぞき込みながら、東城が満面の笑みを浮かべて言ってくる。 「~~~~~っ!だーかーらー、どうしておまえはそういうこと、はずかしげもなく言えるんだよ!?」  ボン、と一気に赤くなる頬に、チュ、と軽くキスをされた。 「なのに、こうしてすぐ照れるところは、かわいくてたまらないです。大事にしたいなぁって思うんで」 「東城、わかったから……その、もうムリだってば……!」  あまりのはずかしさに、どうしていいかわからなくなって、思わず両手で顔をおおって伏せる。  あぁ、もう、だからどうしてそういうことするかな?!  僕がどれだけ照れようと、東城は全方位から抜かりなく褒めてくる。  これを一晩中、至近距離からひとりで浴びつづけたんだぞ!  もうはずかしすぎて呼吸は止まるわ、顔は熱いわ、あたまがパーンとなりそうになったっておかしくないだろ!!  もう僕のキャパシティは、決壊ギリギリだ。 「じゃ、照れててかわいい羽月さん、お礼なら、キスでもハグでもいいんですよ~?」  急にニヤッと笑ったと思ったら、そんなことを口にして僕のことをからかってくる。 「もう、調子に乗んな!」 「えへへ、すいませんでした~!」  ぐいっと耳をつまんで引っぱれば、やや前かがみになった東城が笑いながらあやまってくる。  そのままプロレス技でもかけるように首に腕をかけて引き寄せると、抵抗もなく東城の顔がこちらへと近づいてくる。  油断してヘラヘラ笑ったままのその頬に、軽いキスをした。 「っ!!」 「……かがんでくれなきゃ、届かないだろ、バカ……」  こういうとき、この身長差が憎い。  耳もとでささやく声は、はずかしさから語尾が小さくなっていった。 「羽月さんっ!!そういうところ、ホント大好きですっ!!」 「んっ!」  だけどそれが呼び水になったんだろうか、ガバッと抱きつかれたと思ったら、そのいきおいのままに激しいキスをされる。  いや、だから苦しいってば!  息のつづかなくなった僕が胸板をたたいて訴えることになるのと、よりによってそこに東城を迎えに来た後藤さんがはち合わせ、東城が雷が落とされることになるのは、ほんの少しあとのことだった。
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