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25.モブ役者とイケメン俳優の関係性とは
「へ?は、え……?」
思いっきり、マヌケな声が出てしまう。
それもそのはず、志島社長ときたら、僕の移籍の話を『嫁入り』あつかいしてくるんだから。
しかも、よりによって相手が東城だとバレている。
「なん、で……?!」
「え、むしろなんでそれ以外だと思うんだい?」
頬が熱くなるのを感じながら問いかければ、逆に不思議そうな顔で問い返された。
………え?
………………えぇっ!?
まさかの、うちの社長にまで認められてるのかよ?!
どういうことなんですか、それっ!!
「いや、だって君の仕事のスケジュールを俳優業のほうだけでなく、プライベートのバイトのほうまで根掘り葉掘り聞かれれば、さすがにわかるでしょうよ」
「まぁ相手は今をときめく大スターの東城さんだし、うちのプロダクション的には、悪いようにはならないかな……と」
社長と専務に次々に言われ、開いた口がふさがらなくなる。
ダメだ、社長だけでなく、専務にまで認識されてるとか!
こんなはずかしい思い、するはめになるとは思ってもみなかったよ!
「ふふふ、うちの東城はこちらのプロダクションしじまさんの『事務所公認ストーカー』でしたからねぇ」
「───なにそれ、聞いてないんですけど!?」
いきなり明かされた新事実に、あわてて後藤さんの顔を仰ぎ見れば、ニヤニヤと口もとに隠しきれない笑いを浮かべているのが見えた。
「ですから、その代わりに東城には、『なにがあろうと羽月さんには手出し厳禁』のルールを課していました。まぁ、ご本人がハッキリと口に出して望むなら、止めないとは伝えてありましたけど」
「『口に出して望む』って……」
なにを言ってくれちゃってるんだよ、もう!
はずかしさのあまりに、カァッと頬が赤くなってくる。
でも『なるほど』と、納得したところもあった。
それで、あの後藤さんから東城への、厳しいしつけがあったってことか。
「なるほど……と言っていいのかわからないですけど、一応お気づかいいただいたようで、ありがとうございました」
気まずさをごまかすように、ひとつせきばらいをして、お礼の言葉をを口にする。
「いえいえ、東城のあなたを想う気持ちはホンモノですからねー。何はともあれ、ご無事でよかったですよ」
うぅ、でもいたたまれない気持ちに、変わりはない。
口もとを手でおおい、ギュッと目をつぶった。
「こういうところなのかねぇ、東城さんが気に入ったのは」
「そうですね、こういうギャップは、大きな強みになりますから!演技をしているときの羽月さんは、何色にも染まれますし、ふだんはわりと負けん気も強いんですけどね?」
しみじみと社長がつぶやけば、それに後藤さんが同意を示す。
なんかもう、僕の精神力はゴリゴリ削られて、残量はほぼゼロだった。
ただでさえバイト中に慣れないファン対応なんてしたわけだし、そこへきてこの移籍問題に、東城とのアレコレがバレていたことを知ったわけで、そりゃあもうテンパってしまってもおかしくはないだろ。
「……契約を済ませてしまってから聞くのもなんだけど、羽月くん自体は、このことに同意しているんだよね……?」
急にげっそりとした僕に気づいたのか、社長が不安げな顔でたずねてくる。
本当に今さら、なんだけどね。
「はい、そこは同意済みです。急なお話で、とてもおどろきましたけど……」
僕も引き抜きをすると聞かされたのは、ついさっきだったけれど、移籍先がモリプロなら文句のつけようもない。
「ふふ、エンターテイメントの世界に生きるものとして、サプライズは大事ですからね!」
楽しげな後藤さんに、忘れていたはずの胃の痛みがぶりかえしてきそうだった。
「さて、無事に羽月さんをいただくことができたところで……あらためまして、このたびはこのような早朝よりご対応いただきまして、誠にありがとうございます」
契約書をカバンのなかへと大事そうにしまったあと、応接セットのソファーから立ち上がった後藤さんが、深々とあたまを下げる。
「えっ?あ、あぁ……」
「こ、こちらこそ、とんでもない額の移籍金をお支払いいただき、なんとお礼を申し上げていいのやら……」
いつものていねいでおだやかな物腰にもどったとたん、そのギャップに志島社長たちがとまどいを見せた。
「まずは、これまで数々のご無礼な態度を取りましたことを、深くお詫びいたします。申し訳ありませんでした。その上で、あらためてこのたびの移籍のご契約を締結いただけたこと、深く感謝いたします」
そしてふたたびあたまを下げる後藤さんに、完全に毒気が抜かれていた。
「えぇと……?」
「もし断られていたなら、土下座をしてでも欲しい人材でした。それだけの可能性を、私は『羽月眞也』という才能から見出だしました。それこそ我が社の有する稀有な才能の持ち主である東城湊斗とおなじくらい、かがやける俳優になると確信しております」
とまどう社長に、神妙な顔つきをしたままの後藤さんがつづける。
ありがたいけど……でも、ちょっとそれは買いかぶりすぎじゃないだろうか?
いくら演技ができると言っても、東城ほどの恵まれた見た目と『華』のある俳優とならび称されるには、まだまだ乗り越えなきゃいけないハードルが多すぎると思う。
「それに、羽月さんのお仕事がセーブされていたのも、ご本人の希望を聞いたからこそで、決して単なる御社の怠慢ではないとうかがっております。元をただせば、東城の過激なファンを把握し、制御しきれていなかった我が社にも非はあるでしょう……」
そんなことはない、そう言いたいのに、この独白のようなセリフを邪魔したくない気持ちもあって、思わず黙り込む。
「ただ、これだけの才能をみすみす埋もれさせるなど、芸能界の───いえ、ひいては世界の損失です!なにがあろうと、この手で羽月さんの才能を花開かせたいと、一マネージャーとして、心からそう願っているのです!ですから我が社と専属契約を結んでいただいた以上、これまで以上にその身の安全、心の安寧をお約束いたします!そして必ずやスターダムをのしあがっていただくことを、ここにお約束いたします」
それは微塵もゆらがない、後藤さんの決意のようなものだった。
その決意の固さと熱さに呑まれ、しばしの沈黙がこの場を支配していた。
「……えぇ、私たちも羽月くんの活躍する日を、心から楽しみにしていますよ。どうぞこれからは、モリプロさんで大事に育ててやってください」
志島社長も、深々とあたまを下げる。
うわ、なんかわけもなく泣きそうになってくる。
「これまで、大変お世話になりました!こちらのプロダクションで学んだこと、そのご恩は決して忘れません!」
必死にこらえて、僕も負けじと深々とあたまを下げた。
ほんの少しの寂しさと、名残惜しさを感じながら、役員たちに見送られて応接室をあとにする。
「さて、ではお次はご自宅へお送りしますね?モリプロとの専属契約は、またのちほど……ゆっくりお休みいただいて、あたまが働くようになってからにしましょう」
「はい、ありがとうございます」
こうして僕は、長年お世話になったプロダクションしじまから、業界大手のモリプロへと移籍することになったのだった。
* * *
「モリプロへようこそ、羽月さん!!これからは、ずっといっしょだね!」
「わっ、ちょっと東城……っ!?」
息もできないほどの熱烈な抱擁とともに、全力の歓迎を受ける。
夜勤明けの早朝の電撃移籍騒動から、仮眠をとって夕方からの小さな仕事を終わらせたところで、車で迎えに来ていた後藤さんに連れてこられたのは、モリプロの本社ビルだった。
さすがに引き抜きを受けたからには、幹部の方々にもごあいさつをしなくちゃいけないし、そこで働く社員さんたちにも顔を売らなきゃいけないもんな。
だけどそこで待っていたのは、めちゃくちゃいそがしいはずの東城で。
そして顔を合わせるなり、いきなりのハグだ。
こっちはある程度は慣れているとはいえ、さすがに人前でされるのは少し照れる。
「後藤さん、ありがとう!!羽月さんを引き抜いてくれて!!」
キラッキラに目をかがやかせながらお礼を言う東城は、自重というものを知らないらしい。
おかげでそのめちゃくちゃいい笑顔の流れ弾に被弾した社員の人たちが、次々と腰くだけになっていた。
うん、あいかわらずの顔面偏差値の高さだな……。
大人気スターという飾り文句が、これほど似合うヤツもそうそういないだろ。
……ていうか、頬ずりまでされてるんだけど、これって放っておいていいのか?
もはやすっかり慣れっこになっていたせいで、拒否するタイミングを見失ってしまった。
いや、だって、別に東城からのハグは嫌じゃないっていうか、ぶっちゃけ胸の辺りがあったかくなるから好きだ。
でも人前でされるのは、ちょっと……と思わなくもない。
「ん、僕もいっしょの事務所になれてうれしいよ……でも皆さんにもあいさつしたいから、そろそろ放してくれるかな?」
そっと見上げてお願いすれば、口もとを押さえた東城は、その場で腰くだけになって沈んでいった。
だから、どうしてコイツはこんなにリアクションが派手なんだよ?!
「ご、後藤さん!あのこれ、どうしたら……っ?」
「通常営業ですので、どうぞ放置をしていただければ」
助けを求めて後藤さんに目線を送れば、あきれ返ったような虚無の目で見守られている。
それどころか周囲からも『あれがウワサのハヅキさんか』だとか、『東城くんのあんな姿はじめて見た』だとか、あげくの果てには『イケメン同士の熱いハグ、たまらないわ~』だなんて、そんな声までもがもれ聞こえてくるから、はずかしくてたまらない。
どうしてくれんだよ、この空気?!
「東城、私との約束はどうしました?この場で出迎えたいというワガママのために仕事を調整し、どれだけの迷惑を周囲にかけたと思ってるんですか。これ以上の接触をつづけるようなら、当面、仕事場でも事務所でもバッティングが起きないように調整しますよ?」
絶対零度と呼べるような冷たい視線とともに、後藤さんの口もとには、うっすらとした笑みが浮かぶ。
その姿に、東城はあわてて僕のそばから離れていった。
うん……どんな仕事でも思いのままに取ってくることができる、あの仕事の調整能力をもってすれば、それくらい余裕でできるんだろうなぁ……。
「まぁ、その……あたまが痛いですが、今ご覧いただいたとおり、こちらがこの東城がデビュー時から執心している『羽月眞也』さんです。私の目から見ても、演技力といい身体能力の高さといい、文句なしのスター級俳優になる存在であると思っています」
その場にいる社員の方々に説明する後藤さんに、余計にはずかしさが増してくる。
「本日よりモリプロさんの所属となりました、役者の羽月眞也と申します。お買い得な人材だったと思っていただけるよう、全力でお仕事をがんばりたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
深々とあたまを下げてあいさつすれば、拍手とともに好意的な視線が返ってきた。
「ではあらためて、役員室へご案内いたしましょう。………東城、ハウス!!えぇい、羽月さんから離れなさい!!」
「ヤダ。俺もいっしょに役員室行くから!」
ふたたびギュッと抱きついてくる東城は、後藤さんがとがめたのににもかかわらず、言うことを聞こうとしない。
「ワガママ言うんじゃありません!せめておさわり禁止っ!セクハラ行為を働いたら、罰則適用しますからね!?」
「だって……」
まだ食い下がろうとする東城は、かたくなに僕から離れようとしなかった。
「東城、後藤さんをあんまり困らせちゃダメだよ?これまでずっとお世話になってきたマネージャーさんなんだから、大事にしないと……」
「うっ!羽月さんがそう言うなら、しょうがないですけどもっ……」
ようやくおとなしくなった東城にホッと息をつけば、周囲からはおどろいたような視線が突き刺さってくる。
「後藤さんを越える、東城さんのあつかい上手があらわれた……だとっ?!」
「あぁ、完全にしたがってるな、あれは……」
口々に飛び出してくる社員の方々のセリフに、あたまが痛くなりそうだった。
───あれ、これしょっぱなから、なんかヤラかしちゃった感じなのか?!
っていうか、東城、おまえふだんはどれだけワガママ放題してるんだよ!?
思わず泣きそうな気持ちになったのは、言うまでもなかった。
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