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85.モブ役者は売れっ子作家とイケメン俳優を翻弄する
ドラマで僕の演じた千寿を見たことがきっかけで、いつもは〆切とのたたかいに敗れがちな三峯先生が、めずらしく一気に新作を書きあげられたらしい。
だからそれにあやかって、これから先も〆切を守れるよう、お守り代わりに千寿の写真を待ち受けにしたいと言われて快諾をしたところまではよかった。
でもそこでスタッフにまざって撮影を見に来ていた東城が、こらえきれずに乱入してきてしまったわけで。
まぁそうなれば当然のように、突然のスターの登場に現場は混乱の渦に落ち、待ち受け用の写真を撮るどころではなくなっていた。
というか、僕自身もそれどころではなくなっていたのだけど。
いや、だって東城からの人目もはばからない告白まがいを受けるなんて想定外もいいところだろ?!
しかもそれを見てインスピレーションがわいた三峯先生から、ドラマ原作の小説を書き直したいと急に言い出したことだとか、さらには東城との共演がいきおいにまかせて決まったことだとか、おまけまでもがとんでもなくて……。
そのせいですっかり撮影のタイミングを見失ってしまっていたけれど、せっかくの『千寿の写真を撮りたい』という三峯先生からの要望には、もちろんこたえたいと思っていた。
こういうふうに僕の演技を原作者の先生に認めてもらえるのはうれしいことだし、なにより演技に入れば、直前の動揺も吹き飛ばせると思ったからだ。
それになにより、東城のことも心配で、早くこの現場を終わらせなければって思ったのもある。
たぶん本人は隠しているつもりかもしれないけれど、白目が充血していて、相当な睡眠不足がたたっているのが見てとれた。
もう、こういうところは昔から変わらないんだから!
ただでさえ貴重な休みを、僕の姿を見るためだけに費やしちゃうなんて、東城は本当におバカすぎるだろ!!
もっと自分をいたわれってんだ!
……東城が僕を心配するように、僕だって東城のことが心配なのにさ。
だからこそ、本当は後藤さんや東城に、なんでそんなスケジュール的に厳しそうなお仕事を受けちゃったのかってことを問い詰めたい気持ちもなくはなかった。
けれど、それは今ここですべきものではないんだろうってことだけはわかる。
客観的にかんがえたって、ゴールデンタイムで放送が決定している三峯ミステリーのレギュラーとして出演が確約できるのなら、だれだって受けたいお仕事だと思う。
それになにより、そばで担当さんと盛りあがる三峯先生を見れば、純粋によろこんでくれているのがわかる。
こうしてよろこんでくれている人たちに、水を差すことになるのだけは避けたかった。
というかそもそも心配というのなら、僕だって失敗したらせっかくの連ドラ初主演でも、話題すべてが東城に食われてしまいかねないんだから、人の心配をしているどころではないと思う。
なにしろ話題性もなにもかも、世間的には東城のほうがはるかに有名なのだから、テレビやネットの芸能ニュースの見出しがどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
絶対に東城の横に立つのにふさわしい存在だって、世間に認めてもらえるようにがんばるんだと言っても、依然として東城のほうがはるか高みにいる事実は変えられないし。
せいぜい今の僕にできることと言ったら、これから先のお仕事で、少しでも名前が売れるように実績を残していくことくらいしかなかった。
そう決意を新たにしたところで、あらためて三峯先生のほうへと向きなおる。
「ところで三峯先生、先ほどおっしゃっていた待ち受け用の写真、どうされますか?」
「そりゃもちろん撮りたいです!ぜひ!!」
問いかけながらも、すぐに千寿の役作りができるようにと心がまえをしていれば、食い気味にこたえがかえってきた。
「えぇと、ポーズやシチュエーションの指定などはありますか?」
「はいはい!俺はさっきの上目づかいをもう一度お願いしたいです!」
「東城は黙ってて?」
「えぇ~~、羽月さんのいけずぅ~」
せっかくならば三峯先生のリクエストにこたえようとたずねれば、本人を差し置いて、代わりに東城が元気よく挙手する。
当然のようにそれを却下すれば、すなおに引き下がってはくれたけど……。
でもなんだろう、言葉こそ不満を述べているようなのに、顔がゆるっゆるにだらしない笑顔のままで、まったく堪えた様子がないんだけど!?
「えぇと、そうですね……先ほどの手の甲へのキスは己のなかでなにかが目覚めそうではあったのですが、東城様のお衣装がないですから、またの機会に期待しておくとして……う~ん、羽月様の千寿は完全に解釈が一致しているので、これと言って指定したいことはないのですが……」
ちょっと待って、さっきのアレでなにが目覚めそうになってるんですか!?
思わず心のなかでツッコミを入れたところで、それを顔に出すわけにはいかない。
迷うそぶりを見せる三峯先生を、にこやかな笑みをうかべた顔のままで待つ。
……正直なところ、この場合はリクエストのあるほうがやりやすいのだけど、特に指定がないというのならしょうがない。
「じゃあ羽月さんにおまかせってことですね!いいんじゃないですか、『もし千寿がここにいて、写真を撮りたいって原作者の三峯先生に言われたらどうするか』って感じになるの、それはそれで楽しそうというか!」
「なるほど!それはリアルに我が子に会える楽しみみたいな感じがしますね!」
なにげなく言った東城のひとことで、コンセプトだけは決まったのだけど。
〜〜〜っ、このやろう、東城!
なにさりげなくハードルあげてるんだよ!?
だってそれは、原作者というそのキャラクターの生みの親を前にして、いかにそのキャラクターの思考を、その行動原理を理解しているのか試されているようなものだろ?
もちろん、できることなら『解釈が一致している』と褒めてくれた先生の期待は裏切りたくない。
でも今回は、あまりにも準備する時間がなかった。
まだドラマの撮影のときは、台本もあったし、演出だってある程度は決まっていた。
さらにその台本を読んで覚えるついでに、千寿としてのキャラクター造形をかんがえる時間もあったけど。
今回にかぎっては、いわばセリフがない演技になるわけで、そういう意味では台本もなければ演出もこちらに一存されていて、ガイドラインになりそうなものは一切ないわけで。
瞬間的に、胸の鼓動は早くなる。
「それじゃ、撮りますね!」
「……はい、大丈夫です」
スマホのカメラをかまえる三峯先生とその担当さんを前に、一瞬だけ目を閉じて覚悟を決める。
───千寿にとっての三峯先生とは、どういう存在だろうか?
たぶん、自分という存在をこの世に生み出してくれた親のような存在であり、しかし作中に出てくる本物の千寿の父親とはちがい、全力で愛情をかたむけてくれる貴重な存在なのだと思う。
それって、きっと千寿にとっても『特別』なんじゃないかって。
「「「っ!?」」」
そう思ったら、自然と笑みが浮かんできた。
もちろんすなおに笑うのではなくて、少し皮肉めいた表情ではあるけれど。
それを目にした三峯先生たちのほうからは、息を飲む音とともに、はげしいシャッター音が連続して聞こえてきた。
おそらく、こんなふうに僕が───いや、千寿が笑うなんて想定しなかったにちがいない。
だって千寿というキャラクターは、人前で本心を明かすことをひどく嫌うタイプだから。
でも本当に、感情を隠すだけだろうか?
───いや、そんなことはないはずだ。
だって作中の千寿は、必要ならばいくらだって作り笑顔をうかべ、人あたりの良い好青年を演じてみせるんだから。
それにふだんからあれだけの余裕を見せている彼ならば、こうして本心をにじませたほほ笑みをうかべることで相手を翻弄できるなら、きっとためらわないと思う。
───ましてその相手が、自分にとっての『特別な存在』なのであれば。
どうやらその目論見は見事に的中したというか、僕の想像どおり、いや、それ以上に三峯先生たちには刺さったらしい。
おかげでさっきから三峯先生の手もとからは、ものすごい連写音が響いてくる。
……もちろん、その横の東城の手もとからも。
もう、本当にいつでも東城はブレないよなぁ……なんて思わず呆れてしまいそうになるけれど、むしろ三峯先生たちまでもが東城めいて見えるから困る。
とはいえ、役者としてはここまで原作者の先生がよろこんでくれていると思うと、ついサービスをしたくなるというもので。
「「「うぐぅっ!!」」」
とどめとばかりにウィンクをしてみせれば、無事にカメラに収めたらしい三峯先生たちは、うめき声とともにその場で三者三様になにかに祈りはじめる。
三峯先生は涙がきらりと光る目もとを手のひらで押さえて天を仰ぎ、担当さんはこちらに向けて両手で合掌をしてくるし、東城に至っては両手で顔をおおったまま床を転げまわっていた。
うん、さすがにそれは大げさすぎるんじゃないかな?!
……って、東城だけは通常営業かもしれないけれど。
奥に見える後藤さんがそんな東城の姿にあたまをかかえているところまでをふくめて、想定内と言えば想定内だった。
「ありがとうございます!貴重な千寿の笑顔!!すなおじゃないからこその皮肉めいた笑顔なのに、どこか安心しているような空気をまとっているとか……あぁ、私は千寿から嫌われてはいなかったんですね……本当によかったです!羽月様、うちの子をこの世に顕現させてくれてありがとうございますっ!!」
僕の手を取り、お礼を述べてくる三峯先生の目もとには、やはり先ほど見えた涙は見まちがえなんかではなく本当なのだとわかるほどには、くっきりとその跡が見てとれた。
ここまでの過剰と言ってもいいほどに反応を示してもらえるなんて、これはもう役者冥利に尽きるだろ!
むしろ直接言葉をかさねて演技をたたえられるよりもずっと、相手が全力でこちらを褒めてくる気持ちが伝わってきて、どうしても照れてしまう。
「こちらこそ、ありがとうございました。先生に書いていただいたお話で、もっと千寿をこの世に存在させられるようにがんばりますね」
「あぁぁ、尊い……!!もう、羽月様のことは、全力でこれからも応援させてもらいますね!」
ついには担当さんといっしょにこちらに向かって拝みはじめた三峯先生に、思わず苦笑いがうかんでしまった。
こうしてこの日、僕の初主演作品となる連続ドラマのメインビジュアル撮影のお仕事は、さまざまな波乱を乗り越え、無事に終了したのである。
───のちに、このときの待ち受け用に撮影された千寿の貴重な笑顔やウィンク姿の写真の存在が、とある雑誌での三峯先生への取材をもとにファンに知られ、激レア千寿として世間をにぎわすことになるのは、もはや約束されたようなものだった。
けれど本当に仁義なき戦いの火ぶたが切って落とされるのは、その写真を東城が手中に収めていることを某残念女王が知ってからになるのは言うまでもない。
さて、『理緒たんガチ勢友の会』のメンバーがこの写真を手にすることができるのかは、神のみぞ知ることであった───。
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