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「二人ともお熱測るよー、ってヨウ君だけ?」
病室にはヨウ君しか居なかった。
「ちょっと前に看護師さんと出て行ったよ」
ツキコちゃんのスケジュールを思い出す。この時間に検診やリハビリはないから……たぶんお手洗いだろう。
「ねぇねぇ看護師さん」
「なぁに、ヨウ君」
「看護師さん、今日は声が笑顔だねっ」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味だよー。昨日までは看護師さん、声がちょっと怖かったよ。なんだろう、僕達とおしゃべりしてるのに僕達とおしゃべりしてない感じ」
先程の土屋先輩との会話を思い出す。ヨウ君のいいたいことは先輩が言ってくれたことと同じだろう。
「そっか、ごめんね」
「ううん、ボクは全然平気。でもツキコちゃんは少し怖がってたかもね、ほら、返事もいつもと声が全然違ったでしょ」
ヨウ君はいつも元気で優しい子。そして、誰よりも周りを見れる子。私が気付かなかったツキコちゃんの変化もヨウ君はちゃんと気付いていた。
「でも大丈夫だよ。ツキコちゃんもほんとは看護師さんとお話ししたいと思ってるはずだから」
ちょうどその時、ツキコちゃんが病室から帰ってきた。
付き添いの看護師と協力して車椅子からベッドへの移乗介助を終えた後、私はツキコちゃんの隣に座った。
「昨日まではごめんね、怖がらせちゃって」
ツキコちゃんは黙って下を向いている。私は続けた。
「私、ツキコちゃんのこともっと知りたいなって焦っちゃった」
ツキコちゃんとは目が合わない。でも、ツキコちゃんはこっちを観ているはずだから、と私はもう一度口角を高く上げた。
「どれか食べたいものとか、なにか見たいものとか、どこか行きたい場所とか。そういうツキコちゃんの話を聞かせてほしいの」
「……いよ」
「え、なんて?」
「いいよ、どうせ私はこんな足だから。行きたい場所なんて行けっこない」
それは紛れもない彼女の本音だった。今まで患者さんから幾度となく聞いた、絶望混じりのすがるような本音。
ツキコちゃんの足はこれからリハビリを頑張ったとて、自力では一生歩けない。ツキコちゃんもそれを薄々わかっているんだろう。
今までの私だったら看護師だからと自分に言い訳して耳障りのいい言葉を並べていたことだろう。
でももうそんか軽い嘘は私は付きたくなかった。
だからこそ、覚悟の本音を目の前の少女に投げつけた。
「行ける!私が絶対に連れて行く!」
この瞬間、ツキコちゃんとこの日初めて目があった。
お互い黙ること数秒間。
「……ほし」
溢れたその音は確かにツキコちゃんの声だった。
「ほしをみにいきたい」
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