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星降る山で君を見る
昔、木の上で話したことを思い出した。
「一年に一回、この山から流星群が見えるでしょ?その時にその流星群を見ながら願い事をすると願い事が叶うんだって!!」
「ただの言い伝えだろ?それ。」
「でもね、一つだけ叶えられない願い事があるんだって。」
「人の話聞けよ...。で、なんだよ、それ?」
「それは...
騒がしい教室からボーとしながら窓の外を見る。
教室の窓側、一番後ろの先生の目の付く一番後ろではなく、後ろから3番目に位置する席から外を見ていた。
見えるものは青空だけ、今日は実に快晴だ。校庭はベランダのフェンスによって防がれているため見ることはできないが、校庭にいても先生だけなので、特に楽しくもない。
今日は夏
冬休み前日、朝礼も終わったため、生徒は先生が来るまで教室で待機しているのだ。
ロッカーの整理後、机で後片付けをした後、友達と話しに行こうと思ったが、差し込む日差しがあまりにも良すぎたため、自分の席でボーと窓の外を見ていたのだ。みんなが騒いでいるなか、一人席に座っているのは、決して友達がいないわけではない。
「なぁ、今日星江山行こうぜ!、今日流星群の日だろ?」
自分の席から3列となり、教卓に被る位置にある列の席を囲んで話す男子生徒たちの声が聞こえてくる。
『星江山』
この街と隣町を分ける位置にある山。願い事を叶える言い伝えのある山だが、その実、テーマパークなど近くにはないため子供たちの遊び場となっている。
だが、
「でも今年は封鎖するらしいよ。なんでも、正体不明の死体があったとかで...」
「はぁ?なんだよそれ?全然聞いたことねえぞ」
現在は去年起きたとある自殺事件の影響で立ち入り禁止となっている。
毎年この日は、山頂に屋台を立てて星に願い事をする「星江祭」が開催されていたが、今年は中止となったため町の人もたまったものじゃないだろう。
「でもよ、こっそり行けば!?
鈍い音が教室に響き、教室の真ん中、具体的には盗み聞きしていた席の方にみんなの視線がむかう。
先生が一人の男子生徒に対して出席簿チョップ。しかも面ではないほうで。
「いってぇ!!!鈍器で人のこと殴んなよエセ教師!!!」
「鈍器じゃない、出席簿だ。それと会議で話したが星江山に行くのは絶対禁止。破ったら反省文20枚だからな。」
「ちぇー、分かったよ」
「ほら、早く席につけぇ。配布物がたくさんあるからさっさと配るぞー。」
先生が教卓に向かって行く。
その際、さっきの男子たちが何かこそこそ話をしていたが、なにを話しているのかは聞こえなかった。
(...なのに、来ちまったんだよぁ。)
先生にダメだと釘を刺されたにも関わらず、毎年行っていたせいからか、もやもやしてきてしまったわけだが、
(なんであいつら捕まってんだよ...。)
山の正門に位置する場所で警備に怒られている4人組、教室で話していたあいつらだ。
(こそこそ何話してんのかと思ったけど、こういうことか...。)
そんな光景から、正門から家を2、3軒挟んだ位置から隠れながら見る。
あいつらの荷物の多さから見て、何か企んでいたのだろうが、目の前の光景を見るに計画は頓挫したらしい。
とはいえ、警備の人の注意がそっちに向いているのは好都合だった。
昔の記憶を頼りに、ぐるっと山の周りから一本道を開けて、山の外周を回る。
星江山はこの街と隣町に一つずつ正門があり、その外周は石垣とその上にフェンスがある。基本的に正門以外から入ることはできなくなっているのだが、
(やっぱりあった!)
外周を回り始めて徒歩10分。子供のころに少しフェンスが劣化したところがあり、そこを探していた。
一か所だけ人一人が入れるかどうかきわどい程度の穴がそこに空いていた。
残りの問題は石垣だけだが、子供のころからこの街に住んでいる私にとって、石垣は大した問題ではない。
「よいしょっと。」
木登りと同様に石垣登り、当時は一番上まで登れたことはなかったが、筋力の付いた今なら登りきることは、容易ではなくとも不可能ではない。
2,3度挑戦を繰り返し、ようやく石垣の上に登る。
後ろが使われていない団地というのも幸運だった。もし、普通の住宅があり、不審者として通報されていたと思うと、寒気がする。
石垣はフェンスもあるせいでとても狭かった。そのため、落ちるまえにフェンスに空いた穴に飛び込んだ。
当然、劣化で自然にできた人一人通れるか微妙な穴なため、飛び出した針金が服に引っ掛かり、服がほつれていた。幸いけがはしなかった、と思う。
星江山は正門から入ればハイキングコースを通り、15分も歩けば頂上に着くのだが、正門から入ることを前提に考えられているため、ハイキングコース以外は整備はされておらず、木々に囲まれて歩くのがやっとな状況だった。
今日が流星群の日である以上、広場には警備の人がいるだろう。そのため、森の中を進みとある場所を目指した。
木々がいくつも重なる中で、少しの空間がある一本の木がそこにあった。
いくつもの靴の跡で削れている一本の木。
子供のころに何度も登った記憶を思い出しながら、登り始める。
何度も落ちて登った経験は、確かに体は覚えており、スイスイと気を登っていく。
子供のころに腰掛けた太い枝。子供の頃は2人で座っても問題なかったが、高校生にまでなると一人で座っても危ういのではないかと思える。
座った枝の後ろには、隣にある木の枝が背もたれになり、案外快適だったりする。
「久しぶりだね」
突然隣から聞こえる声に驚き、ひっくり返りそうになるが背もたれのおかげでかろうじて助かる。
心臓の鼓動を押し殺しながら、状況を冷静に戻ろうとする。
隣に座っている女の子、というよりこいつは、
「...、茜がなんでここにいるんだよ。」
茜も目を開きどこか驚いた表情をした後、
「...、ここが一番見通しがいいからね。」
と返した。
彼女の名前は「一条 茜」。昔からの幼馴染で一緒にこの木に登ったのも茜だ。
「去年一緒に祭りに来てから、ずっと話してなかったもんな。同じ高校なのに。」
「そうだね、あれ以降学校でも会ってないしね。」
茜と俺は、小中高すべて同じ学校に通っている。
少し地方なので選択肢が少ないというのもあるが、小中高同じ学校というやつはそこまで多くない。
「クラスの人と仲良くなると、そっち優先しちゃうし、同じクラスじゃないとどうしてもね。」
「そうだな...。」
「高校は楽しかったか?」
「それ、私に聞く?...、あんたはどうなのよ?」
「俺は、まぁ、普通だな。クラスでも何人か友達ができて、中学校の友達との交友関係もなんだかんだで続いてる。普通に楽しいよ。」
「...、そっか。それはとても幸せだね。」
会話がぎこちなく、せわしない。
理由は分かっていた。
だけど、聞くことがどうしてもできなかった。
聞きたくない。
聞きたくない。
聞きたくない。
それでも、聞かなくちゃならない。
「なぁ、茜。」
「うん、あたしもあんたに聞きたいことがあるよ。」
お互いに向き合い、息を整え、
「どうして自殺した?」
「どうして私のことを覚えているの?」
発した。
ちょうど一年前に起きた事件を俺は忘れもしない。
高校1年の夏。中学の後半あたりから俺と茜は話すことが少なくなり、せっかくだからと二人で星江祭に行った日のこと。
流星群が一通り流れ終わった後、トイレに行っている間に茜はいなくなった。
その後悲鳴が聞こえ、嫌な予感がしながらも悲鳴の聞こえた崖の方に向かった。
崖には落下防止用の手すりがあるため意図しなければ落ちることのないようになっていた。
それなのに、
茜は手すりから数百メートル下に転がっていた。
お祭りの騒音、救急車のサイレン音、人々の悲鳴。すべてが耳に残らず、そのまま抜けていった。
何度も同じ願い事を星に唱えながら。
その場を見ていた人いわく、誰かに押されたわけではなく自らの意思で飛び降りたと聞いた。
茜はそんなことをするわけないと言ったが、決してその発言が取り扱われることはなかった。
また、茜の葬式が行われることもなかった。
理由は簡単なことだった、父も母も茜の両親も、先生も友達も警察でさえ茜のことを覚えていなかった。
ただ一人、自分を除いて。
「大方、自分のことをみんなに忘れてもらえるように願ったんだろ?どうして自殺したのか、教えてくれないか。お前以外の誰も、理由を知らないんだよ...。」
茜はうつむき目を閉じていた。
「なんでもお見通しだね。中学2年の時からさ、部活で浮き始めていじめられるようになったんだよね。でも、いじめなんて我慢してればいつか終わるって思ってたんだけどさ。高校も同じになっちゃて。」
うちの高校はここらの地域の人としては立地が良く、入りたい人も多いため中高が同じになることは不思議なことではない。
「あと3年も続くのかって思ったらさ、もう嫌になっちゃて。
それでも高1の時あんたから祭りに誘われてうれしかった。まだ、頑張ろうって。」
酷な話をさせていることは分かっていた。それでも、きっと聞かなければ進めない気がしたのだ。俺も、茜も。
「でも、祭りの日あいつらにあったんだよ。
『デートとはいい御身分ですね』って、そのあとあいつらは、あんたのこともいじめるって言ったんだよ。いじめらっれ子の彼氏としてって。」
...。
「私が傷つくのは我慢できた。でもさ、かけがえのない友達に危害が加わるのは嫌だったんだよ。だから...、みんなに忘れてもらえるように、星に願い事をしながら、自殺した。」
いじめは、人が自分に劣等感を抱く限り、決してなくならない。けど、
「茜は、優しすぎんだよ...。」
優しすぎるがために、いじめられ、脅されて、誰も傷つかないようにみんなに忘れてもらえるように願って自殺した。
「ううん、弱かったんだよ、私が。」
「そうかもしれない。だけど、」
いじめはいじめられるほうにも原因があるといわれることがある。
だけど、
「お前みたいな優しい奴が死ぬのは、間違ってるに決まってんだろう。」
「...、ありがとう。」
目を丸くし、こっちを見つめた後、一言茜はお礼を言った。
「ねぇ、私の質問にも答えてよ、みんな忘れたのに、どうしてあんただけ覚えてるの?」
「俺の願い事が理由だ。」
「願い事?」
泣きじゃくりながら、茜の問いかけにこたえる。
ただ一人だけ俺が茜を覚えている理由は、初めは推測だったが、茜の願い事が叶ったという情報から、それは確信に変わった。
「あぁ、俺はあの流星群の時も、お前が飛び降りた後も、ずっと願ったんだ。」
今の時間はきっと、その願い事を叶えるために与えられた、最後の時間だ。
「俺は星の降る日に、お前に告白できるようにって、願ったんだよ。」
これがきっと最後のチャンスだから。
「茜、俺は茜のことが好きだ。」
...、驚いて、涙を浮かべ、そんで微笑んで、
「私も好きだよ。」
再び目に涙が浮かぶ。涙をぬぐって茜にもう一度向き合う。
そこには誰も居なかった。
向き直り、空を見上げると、ちょうど星が降り始める。
星が降っていく。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
子供のように、何も考えず、大声を上げ泣き叫ぶ。
あぁ、星よ。もし願いをかなえてくれるなら、どうか茜を返してくれ。
どうか、返してくれ。
しかし、この願いは決して届かない。
昔、木の上で話したことを思い出した。
「一年に一回、この山から流星群が見えるでしょ?その時にその流星群を見ながら願い事をすると願い事が叶うんだって!!」
「ただの言い伝えだろ?それ。」
「でもね、一つだけ叶えられない願い事があるんだって。」
「人の話聞けよ...。で、なんだよ、それ?」
「それは...
「「星をつかむことは決してできないんだって」」
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