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彼が死んだことを受け入れられないまま、私は今、彼と流星群を見に来るはずだった山に来ている。
ろくに調べてもいない。たまたま今日が流星群が見れる日である確率は限りなく低いだろう。それでも、私の足はひとりでに彼と行くはずだった山へと向かっていた。
『喫茶待合室』
道すがら、そんな看板を見つけた。小腹も空いていたし、緩やかではあるが永遠と続く道に疲れを感じていたので、その喫茶店に入ることにする。
それにしてもこんな名前では喫茶店なのか待合室なのかよくわからない。ポケットに入れっぱなしだった右手を出して、扉を開けるとカラン、というベルの音とともに、ほの暗い空間に包み込まれる。
「いらっしゃいませ」
焦げ茶色のエプロンをしたおばあさんに出迎えられて、私は足を進める。
戸棚に並べられたカップはさまざまな種類があって、縁が金色のものもあれば、持ち手が独特な形をしたものもある。大正浪漫のような雰囲気を醸しながらも、店内には外国のくるみ割り人形のようなものや、テディベアが棚の上に飾られていた。ステンドグラスのようにいくつかの色をもったランプがその端に静かに佇んでいる。
少し進めば大きな窓のある開放的な空間に出た。カウンター席とテーブル席がいくつかあって、窓から差し込む夕陽がテーブルをあたたかく照らしている。テーブルの上には小さな植物がちょこんと置いてあった。
私は思わずその大きな窓を見つめた。よく星が見えそうだ、と思った。山をどのくらい登るかなんて決めていなかったから、この喫茶店から星を見てもいいかもしれない。
優しげな目元のおばあさんに案内されて、席に着く。一人で切り盛りしているようで、テキパキと動いている。
内装だけでなく、メニューも素敵だった。星にちなんだ名前をつけられたメニューはどれも可愛らしく、目移りしてしまう。
天の川のミルク珈琲と、北極星のパンケーキを頼んだ。しばらくすると料理が運ばれてきた。北斗七星の焼き目がついたパンケーキの上に生クリームがふんわりと乗っている。
「ごゆっくりどうぞ」
おばあさんは私に微笑んだあと、今店内に入ってきたお客さんの元へと向かう。忙しそうだ。背後で「遅くなってすまんな」「あら、待ってたのよ」というやり取りが聞こえたから、身近な知り合いなのかもしれない。
私はナイフで一口サイズに切ったパンケーキを口に入れた。
「美味しい……」
外側はしっかり焼き目がついているのに、なかはふわふわしている。甘すぎないパンケーキと甘い生クリームの愛称は抜群だった。そのまま、珈琲を一口飲む。その優しい苦みに目を閉じた。
ここに、彼と一緒に来たかった。今さら遅いとわかっていながら、そう思わずにはいられない。
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