喫茶待合室

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 ふいに、すぐ近くで列車が走る音がした。ここには列車なんて走っていないはずなのに。店内にいたお客さんがその音に惹きつけられるように立ちあがり、次々に店の外へと向かう。先ほどまでおばあさんと話していたおじいさんも席を立った。おばあさんが悲しそうな見つめているのを、ぼんやりとした視界の端で見つめていた。 「あの列車に乗ったら、もっと近くで星が見れるのだけれど、それはまた今度にしましょうか」  ぼやける視界のなかで、目の前の彼がそう言った。 「だから、それはしまって」  小瓶をぎゅっと握りしめる私の手の上から、彼は手のひらを重ねた。私の手のひらのなかにある小瓶はこの店で提供されたものじゃない。ずっと、服の右ポケットのなかに入っていた。  この瓶の中身は毒だ。  本当は今日、私も死のうと思っていた。ネットで手に入れた致死量の薬物、それを星を見ながら飲んで、死ぬつもりだったのだ。彼のあとを追いかけたかったから。 「……な、んで」  私の声はふるえていた。目の前にいるのは悠太だった。  一目見たときから、懐かしい感じがしていた。似てると思っていた。それでも、他人の空似なんだと思っていた。だって、彼はもういないから。  悠太、と私は目の前にいる彼の名前を呼ぶ。 「私、一緒に行きたい。一緒に星が見たい」  私がわがままを言うと彼はいつも困ったような顔をして笑った。しかたないね、と優しく手を引いてくれるのを待ったのに、その手はいつまで経っても私にふれない。 「今じゃなくてもいいでしょう。焦らなくても僕はずっと待ってるよ」 「でも、」 「いつになってもいい、来なくてもいい。けれど、今はだめだ。夏海さんは夏海さんの人生を生きて」  声が出なかった。それなのに涙は止まらないままで、呼吸もままならない。 「でも、これだけは覚えていて。僕はちゃんと、いつまでも待ってる」 「今じゃ、だめなの」 「今はだめだよ。夏海さんにはやりたいこと、たくさん残ってるでしょう」  残っているとは思えなかった。やりたいことなんてない。悠太のいない世界で、どうやって生きていけばいいのかわからないのだ。泣きじゃくりながら首を横にふる私に、彼は私の頭を撫でて、 「大丈夫、僕がいなくても生きていける」  ときっぱり言った。それに、案外このくらいの距離で見たほうがいいのかも、微笑む。訊き返すように瞬きすると、「決して手の届かない距離だから素敵なんだって話したよね」と彼は過去を思い返すように言った。 「夏海さん」  彼は優しく笑って、もう行かなきゃ、と言う。それでも私は、置いてかないでと手を伸ばす。あの列車に彼が乗ってしまえば、もう二度と会えない。伸ばした私の指先は、彼に届かなかった。
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