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空を覆う乱層雲が割れて、一本の光の筋が射し込む。
それは商業の神デアボラが人々に与える恵みそのものに見えた。
まるでそこから神の使いたる天使でも降りてきそうだ。
イェリエルの街に生まれ始めた魔法のような情景を、レインは公爵邸二階の窓から眺めていた。美しい光景にも関わらず、その男は苦々しい表情を浮かべており、その光に対する何か特別な思い入れを感じさせる。石造りの部屋の中で、その窓枠に左肩をつけて体重を預けている。
光の柱は美しい。しかしその光に目が眩み、人々が自分の力で考えられなくなった時、そこに盲目が生まれる。その光が人為的な超自然のものであるなら尚の事、それは純粋な美しさと、レインには感じられないのだ。だから、街並みと共にある日常が、その不自然な空に染められそうで、男は身震いした。
「異世界の知識をお持ちと噂の『放浪の賢者』――レイン・ルクリア殿も、あの光をご覧になるのは初めてですかな? ――美しいものでしょう?」
そう背後から声を掛けたのは、上品なローブを身に纏った中年の男性。この街を統治するイェール公爵その人だった。
「えぇ、美しいですね。――こういう情景を実際に見たことはありません。……これが、噂に聞く四年に一度の『イェリエルの空』なんですね?」
賢者と呼ばれた男――レインは振り返る。不機嫌そうな表情は一度納められ、その目は『放浪の賢者』と呼ばれるに相応しい怜悧な光を宿していた。
一方で、窓の外の神々しい光に目を細めた公爵は、物憂げでもあった。その美しさも、その正統性も、その必要性も、理解している。そして自らの使命も。だからこそ公爵は物憂げであったのだ。
石造りの部屋の中では、もう一人、少女が樫の木で作られた椅子に沈み込んでいる。
淡い空色のドレスを身に纏った美しい銀髪の少女だ。公爵の娘。
神に仕える自らの運命を理解し、だから絶望も口に出来ず、彼女はただその体重を木製の家具へと預けていた。それでもレイン・ルクリアは、その悲しみを打ち消したいと願うのだ。それは決して必然でも運命でもないのだから。
「えぇ、そうです。デアボラの大神殿が担う四年に一度の儀式」
「――四年に一度」
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