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「貴方の心に星座を作ってもいいですか?」
突然のことだった。私はこの男の人のことを知らない。相手は私の事を知っているようだった。
「え…あの…」
私が戸惑うような声を出すと曙光に照らされた彼は悲しそうに微笑んだ。これも事故の影響なのだろうか…
私は半年前に交通事故にあってから、記憶喪失になって何も思い出せないでいる。それも酷いもので、どうやら数日したらその間の記憶も無くなってしまうというものだった。
仕事も出来なく実家で過ごすことになった。
引っ越してから半年、この長閑な田舎にも慣れ、自分でも日記をつけるようにした。
でも彼のことは書いていない。なんでだろう…知っている気がするのに…
「はい…お願いします」
彼の雰囲気とその暖かさに包まれたく、私はお願いすることにした。
「隣…座っていい?」
「はい」
彼は整備されていない草原に座り込むと空を見上げて指を指し始めた。
「まずね…あの川のように輝いてる中に一番輝いてる星が本当はデネブっていうんだけど…まず出会いの星だ」
彼はそのまま話を続けた。
彼の話はとても簡単なもので難しく考えること無く聞けた。
「ある男の子と女の子がいました。始めは女の子の特等席だったある場所は…男の子の出現によって、いつしか二人の場所になります。それがあの星。出会いの星」
「そ…それで?男の子と女の子は?」
私はその話の続きが気になってつい声を上げてしまう。その様子を見た彼は小さな笑みを零しながら、私に焦らないようにと言い続けた。
「じゃあ…次は同じ川の中にある右の方にある輝いてる星が見える?」
「…えっと…あ…分かりました」
「あれが男の子の星…小学校も一緒になった男の子と女の子は毎日のように星を見にその場所に集まったよ。凄く綺麗でね…男の子はとても感動していた。でもある時男の子は現れなかったんだ。それは中学校に上がってすぐの頃だったかな…」
「なんで…ですか?」
私はまた口を挟んでしまったと思いながら、自分の軽率な行動に頬を赤らめてしまう。
「うん…なんで…なんでかはね…男の子は昔から心臓が弱かったんだ」
「え…」
思わず声を出してしまう…それは驚きに混ざった悲鳴に近いものだった。
「それで病院へ入院することになってね…女の子もそれを知って毎日毎日…お見舞いに来てくれたよ。星が満足に見えない男の子のためにお手製のプラネタリウムまで作ってね…あのプラネタリウムで見る星が一番綺麗な星だと思うよ。今でもそう思う」
話し方からしてこの人の過去なんだと私は直感で悟ってしまった。
「それでね…退院出来ないまま中学校三年生のある時、女の子が言ったんだ。ずっと傍に居させてくれって…だから男の子の方は泣きながらこんな僕で良いのか?と問いかけたよ。そしたら女の子は笑って…うんって言ってくれたんだ」
この話をもっと聞きたいと思う自分が居る。なんでなのだろう。温かくて優しい気持ちになっていく。もっと聞かせて…お願いだから…
「じゃあ…次は女の子の星…男の子の星の上に見える明るい星だよ」
その言葉で私は空を見て男の子の星をなぞって上へと見ていく。
「あれはね…男の子も症状が和らいだ時だった…女の子が高校二年生になった時、男の子は退院することが出来て二人で夏祭りに行ったんだ。男の子の方は生まれて初めて夏祭りに行ったから、凄く楽しんだよ。でも女の子の方はどうだったか…なにせ男の子のペースに合わせて歩いてくれてたからね…出店もそんなに回れないで退屈だ―」
「そんなことない…と思います」
私は彼の話を遮ってしまい、またやってしまったと口を手で覆う。でも彼は心底嬉しそうな表情をして、「それは良かった」と呟いた
何でこんなにも胸が苦しく焦がれるように熱いのだろう。太陽の光を長時間浴びているように肌が熱くなっていくのも分かる。
「話を続けるよ…でね…その時女の子が確保してた花火が見えるスポットに着くこと無く、花火は終了しちゃったんだ。だから二人はいつものあの場所へと向かったんだ。それまでの道のりはお互いに凄く静かだったよ。
でもね…そこに着いた途端女の子が口を開いて、ここが私の言った花火が見えるところなんだって。空には沢山の花火があるから気にしないでって。それはもう嬉しそうに言うから、男の子も嬉しくなって何度も頷いたんだ。これがどんな花火とか二人で話し合って決めたりして」
話しながら空を見つめる彼の姿は今でも花火を探すかのようで、見ていると彼に触れたくなってくる。でも急にそんな事をしたら驚かれるだろう、という私の理性がブレーキをかけた。
「それで…どうなったんですか」
「女の子の方は都内の大学に通って、男の子の方は…通信教育で高卒認定資格を取ろうと躍起になってね…会えない状態が続いたんだ。メールだけは毎日交わしてたけど。それである時女の子の方から仕事の内定が決まったってメールが届いてきたんだ。それで一緒に暮らそうと誘いが来たんだ。でも男の子の方は状態が悪くなっちゃって…」
私は全部の点と点を繋いでいって納得した。そうか…この場所が”その場所”で”男の子”はこの人。私が”女の子”なんだ。思い出せなくとも推測でそれくらいは分かった。
「私が…女の子なんですよね? 体調は大丈夫なんですか?」
「バレちゃったか…大丈夫…もう元気いっぱいだよ…何か思い出した?」
「いえ…まだ…でも話はもっと聞きたいです」
「うん…分かった。僕は…具合が悪くなって…また入院したんだけど…彼女には連絡しなかったんだ。なんにもね…親にも君には何も言うなって念押しして。君が折角誘ってくれたのに、入院することになったから断るっていうのが嫌だったんだ。だから毎日来るメールも無視した。
こんな僕なんか放って幸せになって欲しかった。でも毎日毎日…日記のようにメールが届いてくるんだ…今日は何があったとかテレビでこんな事言ってたよとか。何度も家にも来ただろうね…でも、ある時連絡が途絶えちゃったんだ…ああ…やっと諦めて幸せな道へと進んでくれたと思ったよ。
でも君の両親から連絡が来てね。交通事故に遭ってから記憶喪失なんだって…それも酷い症状だって。だから会ってやってくれないかと。だから、手術も行って元気になったから、こうやって会いに来たんだ」
言い終わると彼は突然私の顔を見ながら目を見開いた。
あれ?何で私泣いてんだろう…
私の目からは月光に照らされて輝く泪がこぼれ落ちていた。それを彼は指で掬いながら悲しそうに微笑んだ。
「あ…詩織…見て」
それは私の名前で彼に呼ばれると懐かしいと思ってしまう。彼の見ていた方向に目をやると、私の心を洗う一葦の水に見えるそれは、一瞬で消えてしまう。だがその後も群れをなして流れていった。その景色に感嘆の色を漏らし微笑んでしまう。
「じゃあ…帰ろうか…」
彼の手を握り後を付いていった。結局何も思い出せなかったがこの時幸福を感じていた。
彼はそれから毎日来てくれた。名前は輝彦と云うらしい。私は忘れないようにと毎日彼の日記を付けた。
一ヶ月ほどしたら彼がそこに来なくなってしまった。
彼の実家も知らない私は自分から会いにいくことも出来ず、時が過ぎていき…日記に書いてある彼の言葉や彼の仕草が次第に”彼の思い出”になっていった。
それから毎日毎日欠かさず、日記に書いてある通り私はその場所へと向かった。
そんなある日突然、目が醒めると朝日と共に記憶が流れ込む。
全て…輝彦の事も私の事も全部。
私はすぐに押入れにしまっていたある物を持って輝彦の実家へ向かう。説得には苦労したが彼の居る病院へと案内してもらい、彼に会った。
痩せ細った身体に管の通された顔はとても痛々しく…見ていられるものでは無かった。私が現れた事に弱々しくも輝彦は反応を見せた。
「し…おり?」
「輝彦…何が元気いっぱいだよ…馬鹿…嘘つき」
私の言葉に彼は笑ったような気がした。だから続けて私は、全て思い出したことを伝えると彼は悲しむように微かに眉を動かす
「ご…めん…」
「ゴメンじゃ済まないよ…輝彦置いて幸せになれるわけ無いじゃん。昔から輝彦一筋だったのに…」
私の頬は此処に来る前から既に濡れていた。それは彼の両親から聞かされた話によってだ。
「輝彦…これ…ほら!昔の…プラネタリウム…」
言葉が上手く出てこない…目の前の現実に圧倒されて私はすぐに頬を塩分の含んだ水で濡らしてしまう。
ねぇ…これが一番綺麗なんだよね?そんな表情しないで一緒に見ようよ…
頼んでたとおりカーテンで光を遮り電気を消してもらう。私がその明かりを付けると不格好な星が天井や壁に広がっていった。
「…あ…あぁ…」
輝彦は息を漏らしてその光景を見ると、喜々としていて温かい表情を浮かべながら静かに目を閉じていった。
甲高い機械音と共に液晶の画面からは永遠に続く流れ星が映しだされた。それは私の声を失わせ、代わりに涙を出させる。突然のことで、でもそれは分かっていたことで何も言えなかった。
彼は24年という短い人生を必死に歩んで亡くなった。もっと話をしたかったし‥もっと一緒に居たかった。何でもっと早く記憶が戻らなかったんだと後悔もするが、今悔いても仕方の無いことだと、自分に言い聞かせ前を向いて歩いていく。
彼が私の胸の中に作ってくれた"記憶"という星座を胸に抱いて
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