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丘の上に立つ古城がある。豊かなモミやブナの樹に囲まれて、石造りの遺跡が陽の光を受けていた。
城は百年前の戦争で砲弾に当たりあちこちが崩壊した。城主も亡くなり、子孫は街へ下りた。放棄された庭は荒れて蔦が這い、外壁は風雨にさらされしだいに廃墟となる。
そこには狼が棲み憑いているという噂だった。
背の高い樹々の間を縫って、ライフルを担いで丘を登ってきた男がいる。革袋に入れた最後の水を飲み終えて休憩し、古城に入る小道へ差しかかった所で声をかけられた。
「おじさん、遺跡見物に来たの?」
「狼退治だよ」
男はおじさん、と呼ばれてちょっとむっとしたが、目の前の小僧にはそれくらい「大人」に見えるのかもしれない。まだ二十五にもいっていないのだが。名はラルフだ。
「お前はかくれんぼの鬼でもやっているのか?」
ラルフはお返しに威圧的な態度でにらんでやった。少年は歯を見せて笑っていた。猫っ毛の黒髪、小麦色の素足にボロ布をまとい、背の低い石垣に立って、青年の背負うライフルを面白そうに見下ろしていた。
初対面からどうも気に入らない。一瞬ラルフは少年を背中の凶器で突っついてやろうかと意地悪な考えが浮かんだ。石垣の向こうへ落ちたらまっ逆さまに斜面を転がっていくだろう。いたいけな子供(!)の悲鳴が森の中へ消えていくのを聞くと胸がスッとするだろうか。街の子供であるなら、誰かに尋ねられた時は狼にやられたと伝えればよい。
「お前は一人なのか」
「そ。一匹狼。ギィだよ」
ギィがニッと笑うと鋭い犬歯が見えた。
少年の家族のこととか、細かい話は聞かないでおくことにした。興味はなかった。ラルフ青年は金と名声のためだけにここにいるのだから。
「ギィ。近くに川があるだろう。水をくみたいんだが、一緒に行かないか。いつ狼がここにやって来るともわからないし」
「いいよ。近道を知ってる」
邪念を抱いても、やはり子供一人を置いてどこかへ行く気にはなれなかった。ギィが軽く返事をして歩き出したので、ラルフも来た道を引き返す。
少年は身体に巻きつけたボロ布を風になびかせて、幅の狭い石垣の上を渡っていった。しなやかに伸びる身体でバランスをとる。ときどきよろめいて片足でふんばった。
ブナの樹々は真っ直ぐに空高く伸びていた。腕いっぱい広げた枝が陽射しをさえぎっている。重なった葉の隙間から直線に差し込んでくる光の帯に目を細めながら、ラルフは獣が飛び出してこないかと警戒を怠らずにギィの後をついていった。
少年は雑草をかき分けて獣道をするすると通り抜けていった。長いこと素足で歩き回っていたのだろうか、足の裏の皮が厚いのか小石を踏んづけてもびくともしなかった。
「ラルフ、あそこだよ」
「ほお、きれいなもんだ」
爽やかな音のする小川にやって来た。木漏れ日に鱗をひらめかせて魚が泳いでいくのを見送る。ラルフは透明な川の水をくんで、顔を洗った。
ギィは彼から離れて川下にいた。ボロ布を取り、まだやわらかな線を残す身体を水につける。水が冷たいのか、そ~っと、足の先から。
ラルフはしばらく黙りこんで、音を立てないように自分の荷物に手を伸ばした。水浴びをする少年の背中を的に、静かにライフルの銃口を向ける。
こいつと初めて会った時の胸のもやもやについて考えてみた。勘がいい方ではないが、ギィこそが探していた狼なのではないか。住む者のいない古城で子供が服も着ずに一人遊びをするなんて、どう考えてもおかしい。それとも、考えすぎか?
人里へ下りて畑を荒らす害獣を狩れば、多くの人から讃えられる。群を離れて一匹でさまよう獣なら、簡単である気がした。
問題は、ギィがなぜか人間の姿をしていることであった。
ラルフは息をひそめて引き金に指をかけたが、そのまま動くことができなかった……。
バサバサッ!
数羽の鳥がいっせいに樹の枝を揺らして羽ばたいた。
アッと我に返りラルフが目の前に集中した時、すでに少年はこちらに気がついていた。遠くにいるので判別できないが、彼はうっすらとほほえんでいるようにも見えた。が、そうでもない。琥珀色の両目をらんらんと光らせて、まるで獲物を観察しているかのような……。
ラルフは無言で銃口を下ろした。生唾を飲み込む。逆光を受けたギィは半身をこちらに向けている。皮膚のやわらかな産毛に陽が当たり、少年は黄金色の光に包まれているようだった。
古城に戻ってくると、荒れた広い中庭に入り、ラルフは早速くくり罠をいくつか雑草の茂みに隠していった。ワイヤーで作った輪に脚を入れると、輪がキュッと絞まり身動きが取れなくなる仕掛けだ。
「ははあ、そんな子供だまし、匂いですぐわかっちゃうよ」
ギィ少年が後ろからちゃちゃを入れる。ラルフは聞こえないふりをして作業を続けた。
川から上がっても、少年は相変わらず軽いノリでラルフに話しかけてきた。いきなり銃口を向けられて怯える様子もなく、話題にすらしない。
ふと見下ろした地面に大きな肉球の跡が付いていた。足跡を目で追うと建物の角を曲がっていく。別の場所にも移動した痕跡があった。やはり獣はこの古城に出入りしているのだろう。
ギィが狼だと疑うなら、罠の位置を教えるのは愚かである。ラルフは罠の成果をあまり期待していなかった。いざとなったら銃がある。武器を御守りのように思っていたが、ギィの姿を見ていると自信が揺らぐ。
あの琥珀色の目を思い出してぞっとした。こっちも同時に狙われているのかもしれない。
「まさかな……」
ラルフはかぶりを振って、もうひとつのくくり罠を手に持って立ち上がった。
古城は面積が狭く、どちらかといえば貴族の別荘のようなたたずまいだった。先の戦争の傷跡が見える。外壁の一角が崩れて綿密に組み上げられた石がごろごろと転がっていた。名を知らない白い花が風に揺れている。
今夜は城内の一室を借りて寒さをしのごうかと思ったけれど、ギィのことが気がかりだったので様子を見てから考えることにした。
鳥の群がガアガア鳴きながら尖塔の一角に集まってきた。城のどこかをねぐらにしているのだろう。
自然の中で暮らす動物を眺めるのはわるくない。こちらに害が及ばなければ。
利己的な思いで城をぐるりと見渡してから、中庭の隅にいる少年に視線を移したラルフはとっさに大きな声を上げた。
ギィがさっき仕掛けたばかりの罠を蹴っ飛ばしたのである。
「なにするんだ!」
ついカッとなり走っていって少年の肩をつかんで引き倒した。抵抗するひまもなくギィの身体は崩折れて、ウッと痛そうなうめき声が聞こえた。ラルフは見えない力に突き動かされるようにギィの身体へ馬乗りになり、拳を振り上げた。
「ラルフ……」
頬に土を付けたギィが顔を上げた。少年と目が合ったラルフは一瞬だけ拳をゆるめたが、すぐに別の嗜虐心が芽生えていた。肩にかけていたライフルを地面に置く。
ボロ布がめくれて少年の肢体があらわになった。薄い胸板にぷっくりとふくらんだ乳首を見つけて、ラルフは力任せに少年におおいかぶさり、細い身体を荒々しくまさぐった。血の通ったぬくい肌をしていた。
「やっ……ラルフ、なにす……ッ!」
「厭なら人を呼べ。大声でな」
「ぁ! ッ……や、あ、あっ!」
「いきなり触られて、そんなにイイのか?」
先の硬くなった突起を爪で弾く。少年の吐息が熱くなり、意に添わず身体だけがラルフの暴力を受け入れていた。もがいて男の下から逃げ出そうという試みはみられなかった。しだいに快感に溺れて身体の力が抜けていくのがわかった。
「なぜ罠を壊そうとした?」
「あんな、の……ッ! 意味なっ、……ぁ、」
「お前が決める権利はないだろう。勝手に人の物に手を出すな。教育を受けていないのか」
「はああ、はあっ……、ぁあッ!」
ギィは大きく口を開けてたくさん酸素を吸い込むので精一杯だった。ラルフは少年のなめらかな下腹部に手をすべらせた。
愛でてやろうという思いはなく、ただ肉慾の処理をしてやるだけの暴力だった。抵抗できない者の悲鳴を聞くのは心地好い。
周りをはばかることなく、ギィはさんざん声を出して一度目の迸りを終えた。若い四肢はまだ体力が有り余っており、ラルフの手の中でしきりに腰を動かしていた。
ラルフはしばし現実を忘れて少年の身体に夢中になった。ギィを抱えながら二人で仰向けに転がり、少年の脚を開かせて抜き身を掴んだまま、空いた片手と自分の唇でふくらんだ乳首を弄る。ギィは小麦色に日焼けした身体を踊らせて叫び声を上げた。
「気持ちが善いだろう。一人じゃできないよなあ。……あとはどこを触ってほしい?」
舌先で突起を舐りながら、人の言葉を失っている少年に返事を求める。油断して尻尾でも生えてこないかと妄想した。
「ぁぁぁッ、あっ、あっ! ……ッ、ラルフ、ラルフ! はぁ、はあ!、ぃれ……挿れてッ……」
ラルフは素直に願いを叶えてやった。抜き身から離した指を少年の蕾に埋め込んでやる。
ギィは肋骨が浮き上がるほど身をのけ反らせた。ラルフは指をぐりぐりと動かして一番善い所を探る。
「ギィ、指一本で足りるのか? お前のものが寂しそうだが、こっちは自分でするか?」
「ゃ、やあッ! ぁあっっ!! ぁ、あっ!! ああぁぁーーっっっ!!!!!」
ギィが自分で手を伸ばそうとしたが力が入らなかった。ラルフの指がぐちゅぐちゅ音を立てて少年は激しく腰を上下した。ラルフはついに抑えきれなくなり、ズボンのファスナーに両手をかけた。
何度も絡み交わり地面を転がりながらお互いの体液を交換した。やっと身体が解放されて、ラルフはぐったりすると大の字になって寝転がった。しっとり汗をかいた肌を撫でていく風が涼しい。
腕を伸ばすとめちゃくちゃにしてやった少年のくしゃくしゃな黒髪が指に触れた。一房をすくっては離しすくっては離す。ギィは身体を丸めて目をつむったまま動かなかった。ぜえぜえと大きく肩が動く。やがて呼吸が落ち着いてくると、眠っているかのように規則正しい音が聞こえてきた。
「ギィ」
返事はない。少年は最後まで正体を見せなかった。
狼はどこだ。夜が来る前に、そろそろ火を起こさないと……。そう思いながらも、ラルフはギィの呼吸の音を聞いているうちに、いつしか自分も目をつむっていたのだった。
目を開けた。真っ暗だ。夜か。星すら見えない。顔に生暖かい風が当たる。目が熱かった。涙をこぼしている? ハッハッと間近で犬のような速い呼吸音。ときどき湿ったものが鼻を撫でる。胸に重いものが乗っているのか、妙な圧迫感。そして尻が痛かった。いや、何か……熱い物が挿入っている! グルルル、と低いうなり声を聞いてラルフの脳は覚醒し恐怖に囚われた。
「うわあああ!」
〈ラルフ……〉
「ッ!? ギィ? ギィ、どこだ!」
〈ここだよ〉
グルルル……という獣のうなり声と一緒に、ギィの声が耳元で聞こえた。気がした。
「狼がいるのか? どうなってる、何も見えないんだ。お前は逃げろ!」
〈狼は、ここだよ〉
心臓を圧迫していた何かが離れ、再びトンと押さえつけられた。力がこもる。苦しい! 腕をバタバタ動かした。とにかく尻が痛い。下半身はふさふさの毛にのしかかられていた。ふさふさの毛に。
「ギィ、うっ……、お前は…………」
目の周りをどろりとした熱いものが流れて落ちた。鉄の匂い。血の匂い。相変わらず視界は真っ暗だ。痛い。
〈昼間はご馳走さま。すごく気持ち好かったよ。お礼をしなくちゃね〉
「礼なんかいいから、ッ! はなれ、ろ……ッ」
ガウガウと獣の声。狼は脚をふんばって腰を震わせた。ラルフは身体の奥が火に焼かれる思いがした。熱い物がしっかりと急所を捉える。身体が溶けていく錯覚に包まれた。限界が来た時、肩に鋭く尖ったものが食い込んだ。深く、深く!
「ぁぁああああ!!!!!」
ラルフは快感でガクガク腰を痙攣させながら肩の激痛に絶叫した。赤と白が勢いよく噴き出して、しかしラルフはそれを見ることができなかった。抉り取られた目玉はギィの腹の中で泳いでいる。
血に餓えた獣は新鮮な肉にありついた。夜の間だけ、四つ足で自分より大きな生き物を仕留めることができる。
遠い山の峰からまぶしい光が差した。
青年は崩れた石垣の上に立ち、日の出を眺めながらボロ布を一枚身にまとった。口の周りに付いたご馳走の残りを舌で舐め取る。
「こりゃいいや」
背も高いし、腕力もある。新しい「皮」を着た狼は朝陽を浴びて丘を見下ろした。人の住む街は今日も忙しくにぎやかになるのだろう。
服を買いに行こうかな。ふいに好奇心が生まれた。青年の骨の近くにライフルが転がっていた。ラルフは鉄の武器を手に取ってしげしげ見つめてから、試しに構えてみた。
「ダーン!」
撃つ真似をすると、昨日古城で見た鳥の群がガアガア鳴いて森の向こうへ飛び去っていった。
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