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偵察艇は、トリガーを引かなかった。否、きっと、引けなかった。
お互いの鼻先が接触するその直前、偵察艇は一気に加速をかけて、下方に逃げた。
つまんねー奴。そのまま衝突ルートを取れば、確実にこっちを落とせたってのに。偵察艇が本来敵いっこない翅翼艇を撃墜するという功績を、こいつは死の恐怖に負けて逃したってことだ。
どっちにしろ、霧の海で俺に銃を向けた以上、死ぬのは変わりないのにな。
『狂ってる……!』
『褒め言葉だ』
今度は意識して口元を歪め、向こうが体勢を立て直すその前に『ゼファー』を立て続けに撃ちこむ。狙いはちょいと甘かったが、それでも『エアリエル』の眼は、こちらの一撃が奴さんの機関部を穿っていたことを教えてくれる。
ゆっくりと、しかし確かに墜落していく偵察艇から、不意に、ノイズ交じりの、声が。
『……申し訳ありません、今、あなたの御許に』
――やめろ。
『教主、オズワルド』
――やめてくれ。
理性の制止を振り切って、遠い日の記憶が閃く。
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