至情と私情

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至情と私情

【 汚いと云う認識。汚いと云う遣り方。何れにしろ、最低かもしれない。 】  私の大好きな彼の妹――義理の妹が消息を絶った。友人の所に遊びに行くと云う伝言だけ残して、その日は帰ってこなかった。遊びに行くと言った友人の所にも現われず、彼女は消えた。考えられるのは昨今多発している幼児略取だろうけど、彼女はそんなに幼くない。平均的な体躯からすれば小柄で小学生とも勘違いされかねないが、それでも彼女は中学一年生だ。誰かに勾引かされると云う事態は考えられなかった。だから、拉致された。何かの事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だった。  義理の妹――乃希依が猛彦に妹になった事を、恐らく私は誰よりも喜んだ。ライバルが減った。妹と云う立場上、彼女はきっと一線を越えないと踏んだからだ。乃希依は猛彦に好意を抱いている節があった。私はそれが疎ましかった。私達よりも幼いが故に猛彦に大事にされている彼女が羨ましく、妬ましく、憎かった。乃希依が行方不明になってしまったが、私は正直彼に取り入るチャンスだと思ってしまった。  警察からの連絡を待つ猛彦はリビングの隅で丸まっている。膝を抱え、そこに額を宛がい、兎に角小さくなろうとしている。私はそんな彼の隣に膝を折り、彼の肩に寄り添い、彼と静かに警察からの連絡を待っていた。  横に見える彼の顔。  ほんの少しだけ涙に濡れた瞳。  私は何故だか潤った。  そして妙な衝動に駆られてしまった。  何の告白もなく。  何の前触れもなく。  何の因果もなく。  私は彼の唇に吸いついた。  彼は当然のように驚き、慌てて私を押し退けると、リップグロスで汚れた唇を拭った。  「な、何をするんだよっ?!」  驚く彼をよそに、私はひどく空しくなった。どうしてこんな事をしてしまったのか――と云う事じゃない。猛彦が唇の穢れを洗うかのように、グロスを拭った事に私は空しくなったのだ。  「汚い、私?」  私は自分の唇に指を宛がい、彼に尋ねた。  「っが、違うって―――・・・でも、何で、あ――・・・こんな時に・・・・・・・。」  語気が乱れ、息も乱れ、シドロモドロに私を非難した猛彦。視線が泳いでいる。困惑しているのだろう。しかし、それ以上に興奮している。キスが――ではない。私のアピールに戸惑い、ドキドキしていると云う方が正しい。興奮でもあり、恐怖でもあり、混乱でもある感情を覗かせる猛彦に私は小さくごめんなさい、と呟いた。  「・・・・・・・汚いよね。」  私は汚い。汚い遣り方をした。  「違うよ、汚くなんてない―――ってあれ・・・そうじゃなくて・・・・・その―――くそっ。」  小さく自分を叱咤する猛彦。  私は居た堪れなくなった。  最低だ。  そう呟く乃希依の声が聞こえた。  「――っとに・・・ごめんね。」  私は立ち上がると、リビングの扉を叩き、部屋を出て行った。待てよ、と呟く猛彦の声が聞こえたが、私はそれを無視し、逃げるように廊下を出た。角を曲がった所に佇んでいたのはキリトだ。私達の知らない世界から遣ってきた、でも、私達の大嫌いな人と同じ顔を持つ彼は笑っていた。  「・・・・・何が可笑しいの。」  そう問い詰める私にキリトは諭すように言った。  「汚い遣り方をしてまで得たいのは何だよ?優越感か、それとも満足感?」  図星を突かれた。そんな気がした。私は彼の横を抜け、背中を向けたまま言い放った。  「そうよ!!何よ、何か文句でもあるって云うの?!」  握り締めた拳。私は言い聞かせるようにそう怒鳴った。  キリトは肩を竦める。両手を小さく広げ、呆れる。  「文句はないさ。だが、今一番孤独を感じているのはアイツだろ。」  そう言ったキリトは今し方出てきたリビングの扉に向かって顎をしゃくった。扉から顔を覗かせる猛彦。私は何となく気配でわかった。しかし、振り返れなかった。どんな顔をすれば良い?謝ってすむ問題ではない。それ以前に自分のした行為の言い訳がない。可愛くも妬ましい乃希依がいない事を喜んでいたのは事実だからだ。若しかしたら、そんな私の願いを誰かが汲み取ったのではないか。そう思えるほど、乃希依の行方不明の前後の事態は異常だった。  猛彦を殺そうと現れた乃希依と同じ人相を持つ女性――リエル。  そんな私達を助けた、私達の大嫌いな人と同じ人相を持つ男性――キリト。  そして、リエルに狙われているらしい猛彦と同じ人相を持つエントヒューラー。  行方不明となった乃希依。  キリトが知る人物――アストライアと同じ人相を持つ私。  世界が捻れている。  そんな気がする。  それでも、私は満足だった。  この唇に触れた一瞬の温もり。  それだけは確かだったからだ。  「ごめんなさい。」  私は振り返ると同時に頭を下げて、猛彦を見ないようにした。  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪い事をしたと思っているの?」  猛彦の言葉に私は首を振ってしまった。  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかんない。」  そう呟いた私は顔を上げた。目の前には猛彦が佇んでいる。  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。ありがとう。」  何故、猛彦がそう言ったのか・・・・私にはわからなかった。  One Scene   Cut 02    彼氏彼女の私情
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