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プロローグ
赤い太陽が太平洋の大海原に落ちようとしている夕方の名も無き小国、人気のないインターナショナルスクールの校舎の裏手、野良猫が戯れるそんな場所で一枚の紙を開くメガネをかけたドイツ系の痩せ男がいた。軍のベレー帽を被ったその男は軍服を身に着けず、黒いジャケットにジーパン姿という私服のまま壁にもたれかかっている。
やる気がまったく無さそうなそのメガネ男は、そっと【軍令】と書かれたその紙に目をやった。
本日二三○○に裏門より全員突入。首謀者タク・ツキヤマを速やかに身柄確保し、その場を離脱せよ。万が一、首謀者が抵抗すれば催涙弾の使用を許可する。できるだけ生きたまま捕らえよ。
またタク・ツキヤマを援護するものが現れたら、速やかにそれを排除せよ。革命派ならびに【赤い月】と判明すれば、銃の使用も許可する。邪魔者はすべて葬り去れ。
なお、他の生徒に一切傷を負わせてはならない。傷つけた者は軍閥処分とする。
一通り目を通したメガネ男はポケットから穀物と戯れる猫の紋章が入ったライターを手に取り、その場で紙を燃やして放り投げてしまった。塵となり消えてゆくその紙を眺めながら煙草を一服する。そして腕時計を見つめ「月の絵が表示されたカレンダー」を眺め、ほくそ笑んだ。
「明日の夜は皆既月食だってえのに、残念。まだデモも何もしていないツクヨミさん。あばよ」
その言葉を言い残し、猫のように音もたてず夕日と共に闇へと消えていった。
◆◆
これは十二年前に起こった名も無き小国での奇跡の始まりであり、神話の時代から続くツクヨミとウケモチとの因縁の争い。
それをよく知らずに今まで生きてきた私は、今日その国で奇跡が起ころうとは露ほども知らず月見山の病院で仕事に打ち込んでいた。
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