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早く帰ろう
学校へ到着すると央樹を男子生徒に任せて花月を探した。
もう既に学校へ来ていた彼女は運動系女子友達とグラウンドでサッカーをして遊んでいる。花月にとっても最後のサッカーを楽しんでいるようだった。
「みんな注目!」
夏組の学級委員長である小春がクラスにいる生徒を集めて話し始めた。
「みんなもご存知のように今週末で花月さんが転校します」
外で遊んでいる花月をみんなで眺めながら一同揃って頷く。
「それでなんですが皆さんに色紙へ寄せ書きとクラスから花束をプレゼントしたいと思うんですが、如何でしょうか? あたいは、そうしたい!」
こんな話を聞いて反対する輩がいるはずもなかった。すぐにこの話は可決されて、早速、小春が持って来た色紙へみんな集まってきた。色とりどりのカラーペンや可愛いシールを取り出して色紙に貼ったり書いたりと。そして思い出の写真を画用紙に貼る準備をする者まで現れた。まさに二十五周年記念の看板製作のような賑わいで。
「当日まで花月さんには内緒よ。悟られないように注意してくださいね」
小春らしい気の配り方だ。私はみんなの楽しそうな顔を見ながら「今日で花月もさよならなのに」と言葉を飲んだ。花月と私と央樹は元の世界へ帰るんだ。心の中にある想いや願い、希望、記憶を元の世界の私に届けるために。
しかし私たちの身体が消えて元の世界へ帰るわけではないからクラスのみんなにとってはさよならではない。友達からしたら今日も明日も何も変わらないのだから。
あれ? 何かが変だぞ。また頭の中で何かが引っかかる。
そう言えば、花月はどうしてこの半年でいなくなるのだろうか?
花月の両親の事は何も訊いていないけれども、彼女を迎えに来るような話はオレオおじさんから聞いていない。花月と喋っていてもそんな会話は出てきていないのだ。
なのに何故、花月はここで学校を転校するのだろうか?
彼女は月読の能力が次の月食までとは言っていたが、それは能力を失うまでの時間のはずなのに。月読はその日をもって消失すると言っていたが、消失するのは心の中にある想いや願い、希望、思念だけではないのだろうか? 少なくとも私はそんな風に捉えていた。
例え能力を失って憑依のようなものが解けたとしても、花月の身体はここに存在しているはずなのに、何故ここで学校を転校してしまうのだろうか?
もしかして……。
急に私の心の中が騒ついてきた。今日の夜には私たち三人は元の世界へ帰れるはずなのだが、私の予想が正しければ帰る事ができるのは二人だけになる。この不安を取り除くためには花月自身を問い詰めなければならない。
悩みを抱えながら【月食の奇跡】の本をもう一度読み直してみた。ただ、私が知りたい場面のページがないので、どうしても疑問が残ってしまう。確か、本の中に出てくる少女は二人いるのだけれども、元の世界へ戻って来た時には一人だけだったような。やはり、この物語の最後には花月がいない。
何故、今までこんな単純な事に気付けなかったのだろうか。同じような二人の少女が物語で交差するように現れていたので、最後の少女もてっきり花月だと勘違いしていた。
花月は私たちを元の世界へ戻すために能力を使う決心をしてくれたのに、彼女はいったい何処へ消えてしまうのだろうか? 時間を超えて、また誰かの願いを叶えるために何処かへ行ってしまうのだろうか? そう言う話なら花月の運命はとても悲しい。
ならば今日帰るのではなくてクラスのみんなが作った色紙や写真、花束が用意できるまで、ここに留まってくれた方が花月に良い思い出をプレゼントできるのではないだろうか、とも思ってしまった。
授業が終わり、花月と私で央樹の車椅子を押しながら下校する。外は木枯らしが吹き寒さが一層身に染みるけれども、非常に良い天気だ。
できるだけ一磨には気付かれないように帰りたいけれども、帰る方向が同じなので、すぐ後ろから彼が追いかけて来た。
「みんな、僕も帰るから待ってよ。最近本当に連れないなあ」
「今日も女子だけで央樹君を送りたいだけよ。男子に聴かれたくない話もあるし」
「それなら仕方がないな。じゃあ、今日は一人で先に帰るよ。今度、月食があるみたいだから、そん時はみんなで一緒に見ようね。バイバイ」
一磨は私たちの気持ちも知らずに、一人楽しそうに空に向かって親指と人差し指を広げて両手で丸を作ってみせた。それを聞いた花月は少し腑に落ちない顔を見せたが、今日は何も言わずに一磨に手を振って「さよなら」を言っていた。
「花ちゃん。一磨ともっと話したかったんじゃないの? 今日が最後かもしれないから喋って来れば」
「ううん。もう十分喋ったからいいよ」
表情はさっきの腑に落ちない顔のままだけれども、どこか寂しそうな感じにも見える。
「あのね。今日、本当に私たちって帰らなくちゃならないのかな?」
「え? どうしたの急に。月渚ちゃんは早く帰りたかったんじゃ……」
「そうなんだけどね。花ちゃんがいなくなるとクラスのみんなも寂しがるだろうし」
「それなら大丈夫。お祖父ちゃんがなんとかしてくれるから」
「花ちゃん……」そこまで言って言葉が詰まった。
「どうしたの?」と花月は怪訝な顔でこちらを見てくる。
「あのさ。花ちゃんはどうしていなくなるの? 可笑しいじゃない。私たちはこの世界の人間に憑依してるだけなのにさ」
「え? それは……」
花月は言葉を探して目が泳いでいるのが分かるほどだった。
「それはね、憑依が取れるとあたしの本当の姿が見られちゃうから。みんなに天然ボケした変な女だと思われるの嫌だもん」
「いいじゃん。私は構わないよ。転校されるよりマシだもん」
「マシじゃない!」
時折、鼻先を触りながら困った様子で喋る花月は、私と目を合わせようとしなかった。
「花ちゃん。他に何か理由があるんじゃない?」
私は彼女の瞳の奥を見つめるように訴えかけた。どうしても彼女から本音が訊きたかったからだ。
「月渚ちゃんって頭いいね。【月食の奇跡】の本を理解できるだけあるわ」
「私は本を読んでいて疑問を感じただけだし、オレオおじさんの話を聞いて理解もできたけど、まだ何かが引っ掛かってるだけよ」
私は央樹の車椅子を押しながら、目頭が熱くなってくるのを感じた。心の奥で引っ掛かっている疑問を言葉にすると、涙がすぐにでも零れ落ちそうだったから。
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