失敗

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失敗

「まさか花ちゃん。その能力使うと本当に姿まで消えちゃうんじゃないよね? そんなの嫌だよ。私はもう大切な人を失いたくない」  想いを口にした途端、涙がポタポタと自然に零れ落ちた。以前、央樹を失いそうになった時と同じような感覚だ。この世界があの世とこの世の境にあるような、三途の川のように思えて仕方がなかったから。  そんな私の頭を軽く叩き花月は優しく声を掛けてくれた。 「あたしは帰っても消えたりしないよ。一緒に元の世界へ帰ろうね」 「本当に?」 「本当だよ。必ず三人で元の世界の月美山で会いましょう」  花月の瞳は澄んでいて夕焼けを浴びた瞳は赤く輝いていた。胸元に光る勾玉も夕焼けの影響か、皆既月食が近づいている事を知っているのか、赤色の光を増して輝いている。彼女の言葉は本当か嘘か分からないけれども、少なくとも人を傷つけるような嘘は言っていないと信じていた。  私だってどうしても真実を語りたくない時は嘘ではない話を言って誤魔化す時がある。彼女もきっと私と同じように嘘は言わず、大切な事もなかなか言わないでいるのだろう。 「もうひとつ質問」 「何? 月渚ちゃん」  涙で曇った目をハンカチで拭って明るい笑顔を見せてから、今回の集合の意味について()いてみた。 「何故、今日帰ろうと思ったの? あと数日で月食が来て、クラスのみんなと楽しいお別れ会もできるのに」 「だってそれは、さっきも言ったでしょ! 月渚ちゃんや央樹君が早く帰りたそうだったからよ」 「じゃあ、私たちが月食の日まで待つと言ったら、待ってくれるの?」 「そう来たか……待ちません」  苦笑いをして誤魔化そうとする花月に私は叱咤した。 「やっぱり。何か他にも隠し事あるんじゃん。白状せい」 「月渚ちゃんは、やっぱり頭がいいやら勘が鋭いやら、まったくもって(かな)わないや」  渋々花月は重い口を開き始めた。何も言わず傍で聞いていた央樹は私に対して親指を立てて「グッジョブ」と言っているようだった。  央樹も黙って聞いてはいるけれども、彼の中にも疑問がいくつかありそうだった。ただ今の段階で央樹の疑問を聞き出すのは難しいため、私ができるだけ多く質問しようと心に決めた。  彼女は月美山公園へ向かって歩いている間、昔話を語るように、この公園で二十五年前も元の世界へ戻る儀式をした話を打ち明けてくれた。  お互いの気持ちが共有共鳴すれば、みんなが公園に集まらなくても帰る事は可能だったのだけれども、そうは上手くいかなかったようで、あの本でも女性と花月が手を繋いで意識を確認する場面があった。その時、既に元の世界へ帰るための儀式を行っていたらしいが、何も起こらなかったと言う。  結果として、男性の気持ちが最後まで分からなかった事に由来していたらしく、それが共鳴できなかった原因だと言うのだ。つまりは、ここへ来た三人が同じ意識を持つという難しさがあるらしい。  今回も同様で私と央樹と花月の三人は既に事情を把握して意識の共有がなされているように見えるが、共鳴しないのは何故だろうかと。花月は悩みながら打ち明けてくれた。  もしも私たち三人が完全に意識を共有しているのであれば、今、公園へ向かうこの移動中にも共鳴現象が起こる可能性があると言う。この世界へ来た時にはみんなバラバラで、花月は寝ていたのにも関わらず共鳴したのだから、帰りも同じ考えが成立するのが自然の摂理だと言うのだ。  確かに彼女の話は正しいと思う。  夕暮れの赤い空を眺めながら公園のいつもの場所に到着した。もう人影はほとんど見られないけれど、野良猫たちだけはそこにいた。 「日が暮れるのが早くなったね。冷え込む前に儀式をやっちゃってください」 「はーい。ただ、本当に儀式なんて言葉だけで何も無いんだけどなあ」  花月は困った顔をしながら「お互いに手を繋ぎましょう」と言って、三人で輪を作るように立ってみた。  央樹は車椅子に座ったままで、私と花月で円陣を組む。そして私たちはそのまま目を閉じて。元の世界を想像して、ここへ来た時の感覚を思い出そうと気持ちを集中させてみた。  ……。  …………。  ………………。  静かに北風が私たちの輪の中を吹いて寒さだけが繋いだ手の甲に染み渡る。今日は以前のような耳鳴りも白い光も感じない。とても穏やかな感覚だ。  どれくらい時が過ぎただろうか? まったく何も起こっていないような気がしてならなかった。それとも既に何かが起こって、元の世界へ戻って来られたのだろうか? 私には同じ世界にしか見えないので区別がつかないのだが。 「花ちゃん。ここは元の世界なのかな?」  恐る恐る目を開けて花月の方をそっと見る。花月は先程と変わらず、消える事なく目の前に立っていた。央樹も車椅子のままだ。それを見た私は変わっていない世界に何故だか安堵した。だけれども目を開けた花月の表情は暗く、何かを考え込むように満月に近い月を眺めていた。 「失敗だ。やっぱり失敗した。今日、これを試せて良かったよ」  花月は嘆きながらも今日の目的が達成できた事を微妙な表情で喜んでいた。 「失敗って?」  私も車椅子に乗った央樹を見つめながら花月に尋ねた。 「さっき話した通り。あたしたちは意識の共有をしているのに共鳴できない。まったく二十五年前と同じだわ」  花月は頭を抱えながら【月食の奇跡】の本について真実を詳細に語り始めた。  あの本の花月も女性と喋っている時に不安を表に出している。それは元々、花月と女性が仲良く、彼女のために月読の能力を使ったのが始まりだったからだ。当然ながらこの能力の範囲は花月と女性だけに当てはまると思っていたらしい。だから、花月と女性がお互いの願いを共有した時に何も共鳴現象が起こらなかった事に不安を感じたと言うのだ。  そこから花月は他にこの願いをした人物がいるのではないかと推測して、ギリギリ月食の日に彼を呼び寄せ、話を打ち明けて、彼の気持ちを聞き出し相思相愛が発覚した。そして三人の気持ちが共有して共鳴現象が起き元の世界へ帰れたと言うのだ。  なんとも花月にとってはギリギリセーフという思いだったらしく、彼女から見たら【月食の奇跡】は自分の生死を掛けた物語であって、まったく恋愛とは無関係と言い放っていた。 「まずいよ、これは」  焦りの声が花月から漏れる。私も話を聞いて焦り出してしまったが、どうしたら良いのか分からなかった。 「花ちゃん。もしかして私たちの他に、もう一人、一磨が病気でなかったら』と望んだ人物がいるの?」 「たぶん。一人か二人か何人か分からないけど、この世界中の何処かに必ずいるはずだわ」 「世界中って?」 「そう。あの日は皆既月食だったから、皆既月食が見えたあらゆる国が対象になるの」 「他の国でも、このような現象があったって話よね」 「そうよ。月読は世界中に名前を変えて、たくさん暮らしてるから」 「一磨の親戚って外国にもたくさんいるの? 花ちゃんみたいに」 「いるいる。だけど、一磨を想ってくれる親戚がいるとは思えないんだけど」  二人して地面を眺めながら悩み、身体が動けなくなってしまった。 「か・ず・ま・の・お・か・あ・さ・ん」  その時、央樹が声を振り絞るように私たちにヒントをくれた。だけれども、このヒントは不正解だと私は知っている。 「央樹君ありがとう。でも、ごめんね。一磨君のお母さんは違うと思うの」  先に花月が央樹にその説はないと語った。花月も一磨の母親の線は調査済みのようで、調べる余地は何もないと。夏のキャンプの時に言い争いをしていたくらいだから、お互いに承知済みなのだろう。 「私も以前に一磨のおばさんと喋ったけど違うと思うな」  私も花月の言葉と重ねるように一磨の母親の線を完全否定した。それでも央樹は納得できないようで、絵カードを鞄から取り出して私たちに見せた。【おかわり】とか【もう一回】という絵カードだ。 「央樹。もう一度だけ、おばさんを調べろと言うの?」  その言葉に央樹は首を縦に振り何度も頷いた。私たちと同じで、一磨の事を真剣に考えているのは一磨の母親しかいないと確信していたからだろうか。 「何度聞いても無駄よ。時間の無駄。他に可能性のある人って、いないかな?」  花月は首を横に振り、手を左右に振って完全否定していた。だけれども私は央樹の言葉にも協力したいため花月に学校の生徒を中心に確認してもらい、私は地域の人たちに()いて周りたいと伝えた。  もう時間がない。誰か一磨の病気がない世界を望んだ人よ、早く姿を現してくれ。そう願わずにはいられなくなった私たちの側を黒猫が通り過ぎていく。なんて不吉な日なのだろうかと思いながらも「抗ってやる」と心の中で叫んでいた。
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