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人探しとかぐや姫
次の日からは人探しで忙しくなった。
こっちの一磨に失礼がないよう話をするのは非常に難しいものがある。近所の人や商店街の人に一磨の病気について尋ねても誰も知らないうえに、失礼な話を町中でするなと叱咤されてしまう始末だった。そして五月の月食の日に何を考えていたかを尋ねても、覚えている人なんて誰一人もいなかった。当たり前である。
学校では花月がみんなに悟られないように人探しをしていた。私も友達を中心に、一磨に優しかった仲間を当たってみたが、イマイチな反応だった。小春にも遠回しに訊いてみたけれど、逆に失礼だと小言を零されてしまう始末。
夕方、一磨の家を尋ねると、庭で落ち葉を片付けている一磨の母親がいた。
「すいません。こんばんは」
「こんばんは、月渚ちゃん。ちゃんと勉強頑張ってる?」
「まあまあです」
苦笑いしながら私は答えた。勉強はやっている方だけれども、違う事に夢中で期待通りの点数はまだ取れていない。
「ここ半年、一磨も成績が落ちてるのよね。困っちゃうわ」
「学校でいろいろ行事があったり、大きな事故があったりもしたから」
「そうなのよね。その点、月渚ちゃんは勉強ができて羨ましいわ」
「それほどでも」
やはり一磨の母親は違うように思えた。元の世界の彼女なら、こんなに勉強の話なんてしないような気がするし、勉強よりももっと大切な話をしてくれそうな気がする。第一、一磨の母親が一緒に来た仲間なら月読の能力がもうすぐ消える事も知っているだろうし、帰れなくなると思うと焦るだろう。それに花月と共に能力を使った月読なら、何故、勾玉の色が緑色のままなのかも理解できなかった。
やはり一磨の母親は違うのだ。最初から期待していなかったけれども「この母親が私たちの仲間だったら嬉しかったのに」と、緑色に輝く胸元の勾玉を眺めながら残念な気持ちでいっぱいになった。
結局、今日一日、何も収穫がなく終わってしまった。あと二日しかないというのに困ったものだ。せめて花月が見つけてくれていると嬉しいのだが。
◆◆
次の日、いつものように車椅子に央樹を乗せて押しながら学校へ行った。
「花ちゃん、おはよう。昨日はどうだった?」
「全然駄目だったよ」
肩を落とす花月を見て、今日は私が彼女の肩を叩いて励ました。
「あと一日あるわ」
先が見えない一日に奇跡が起きる事を祈る。【月食の奇跡】の本も奇跡があったんだから、私にも奇跡が舞い降りてきてほしいものだ。
休憩時間に入り、私は図書室へ【月食の奇跡】の本を返しに行った。まだこの図書室も二十五周年記念モードのままだ。それを眺めながら、この図書室のイベントを管理している後輩の男女生徒に声を掛けてみた。
「今までずっとこの本を貸してくれてありがとう。一磨に少しページ破られちゃって、ごめんなさい」
「やっと二十五年前の本が帰ってきた。天手先輩、本は大切にしてくださいね」
「だから私じゃなくて一磨だって」
久々に破られた時の悔しさをまた思い出してしまった。こちらの世界の一磨はどうやってこの本を破ったのか知らないけれど、それはもう私には関係ない。もしかしたら一磨以外の人が既に破っていたのかもしれないけれど、もうどちらでもいい話だ。
「図書室にいるみんなは一磨がどんな先輩か知ってる?」
こういう風に訊くと嬉しそうに後輩たちは手を上げた。私は学校の先生のように、彼らに声を掛けて質問に答えてもらう。
一磨に対する女子生徒の人気は高く、手を上げたほとんどの生徒が一磨先輩はカッコいいだの、背が高いだの見た目の反応が多かった。期待していた回答は見当たらない。ここもやはり駄目なようだ。
もう私がお守りにしていた【月食の奇跡】という本も返した事だし、本に頼るのはここまでにしておこう。一磨の母親が言っていた通り、少しは勉強も頑張らないと。元の世界へ戻れても戻れなくても三年になれば受験は待っているのだから。
そう言えば、こっちの一磨は何処の高校を目指すのだろうか?
成績が落ちているようだから、私と違う高校を目指すのかな? 何処へ行っても近所だからまた会えるだろうけれども。
元の世界の一磨はどうするのだろうか? 頭の病気を持った子の進路なんて中学生の私には想像もつかなかった。
結局、何も得るものはなく一日が終わってしまった。私はこの世界に留まる事も覚悟ができているから落ち着いていられるけれども、花月は明らかに焦っている様子だった。
「花ちゃん。大丈夫?」
「ううん。あたし、明日でこの世から消えちゃうかも」
「でも身体は残るのよね。心の中の想いが無くなるだけだよね」
「分からない。元の世界のあたしは身体が残ると思うけど、こっちの世界のあたしは身体が消えると思うの」
「えー! この前は消えないって言ってたじゃない?」
「だから、それは元の世界での話だって」
そうか。だからあの時、嘘をついているような、嘘をついていないような微妙な顔をしていたんだ。彼女の説明なら、あの時は嘘ではない。
「でも、花ちゃんは以前に願いや想いは消えたり蘇ったりすると言っていたよ。もしも身体が残るなら、その時のために今の気持ちを紙に書いて残しておけば思い出せるかも」
「月渚ちゃん! 私の身体は残らないの。絶対に」
怒った口調で言う花月は半分涙目になっていた。
「じゃあ、消えたら花ちゃんは何処へ行くの? また時間を旅するわけ?」
それを聞いた花月は涙目だったはずなのに、また何かを思い出すように笑い出した。
「だから私はタイムトラベルのような時間を移動することはできませんって。おそらく月へ帰るだけだと思うよ。あたしの命は月食の赤い光で守られているだけだから」
人間とは思えない発言を耳にして驚いた。月弓一族は人間のはずなのに、花月は得体のしれない物体なのだろうか? 年を取らないのだから、それもあり得る。
不思議そうな顔をした私を見て、花月は思いついたように言い放った。
「私は、かぐや姫よ!」
ニヤっと笑いながら言う花月に、私も一緒になって笑ってしまった。花月とのお喋りは不思議な会話ばかりで面白い。どれも嘘のようで本当のような話ばかりだ。
「じゃあ、かぐや姫は私が守る」
「無理無理。おとぎ話でも無理だったでしょ?」
そう言うと花月は私の気持ちに対して感謝をするように両手を握り、じっと見つめてきた。彼女の震えている手の温もりが私にも伝わってくる。
「大丈夫だよ、花ちゃん。私が傍にいるから」
「ありがとう。あたしがどんな風に消えても最後まで見届けてね」
「最後までこの手を離さないから。絶対!」
見つめ合っている瞳に大粒の涙が溢れてきた。私も花月もお互いに手が震えている。おそらく両手だけではなく、体中が震えているのだ。
「ごめんなさい。あたしのせいで」
「ううん、誰のせいでもない。花ちゃんは私たちの夢を叶えてくれただけなんだから」
央樹の事故の時も同じように謝っている花月を見かけたが、あの時どうして謝っているのか分からなかったけれど、今は少し分かるような気がした。だけれども花月は決して私たちに謝る必要などない。そんなに悪い事をしているわけではないのだから。
「明日を信じて、今日は家へ帰ろう」
央樹の事は一磨や男子生徒に任せて、私たちは二人で満月になろうとしている丸い月を眺めながら家路に就いた。
月の中にウサギのような影が見える。そのウサギのような影を見つめながら、明日、もしもウサギの兵隊がやって来ても花月だけは渡さないと心に誓った。それにしても、こんなに美しいお月様が本当に明日、皆既月食を迎えて花月を奪い去ろうとするのだろうか?
絶望の中に一粒の希望があるなら、私はまだその希望を諦めない。だから花月も諦めないでほしいと願った。
「手を繋いで帰ろうよ。花ちゃんとは今日も明日も明後日も」
静かに頷く花月に、いつもの元気さは微塵も感じられなかった。私は花月と手を握り、その温もりと柔らかさを感じながら、これ以上何も言わずに家まで送り届ける。
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