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一磨を想う人よ
とうとう皆既月食の日がやって来た。
夏組の友達からしたら、花月が学校を転校する日でもある。クラスのみんなは花月に対して各々寂しい想いがあるらしく、多くのクラスメイトから花月へ手紙や餞別が渡された。
央樹も朝からタブレットを開けて手紙を書いているのか、ずっと文字入力をしている。まだ鉛筆で字を書けるほどではないけれども、文字入力ならなんとかできるようだ。央樹とは学校へ向かう間に昨日の出来事を伝えておいたので、彼からもきっと花月に何かアドバイスがあるのだろう。
そんな私も今夜何が起ころうとも気持ちが揺れないように花月をずっと見守ろうと決心したばかりだ。央樹も私の傍にいてくれる。一番信用できて頼りになる彼がいてくれれば、怖いものなど何もなかった。
「今日はこれから花月さんのお別れ会をします」
小春がそう言うと盛大にお別れ会が開催された。先生もクラスへ来て、その様子を一緒に楽しんでいる。横目で花月を見てみると、とても落ち着いた表情で周りの友達に愛想笑いを振り舞いていた。本当に彼女は強い人だ。
「では、月弓花月さんから一言お願いします」
小春は花月を前に立たせて挨拶するように促した。
周りに頭を下げながら前へ出ていく花月。それに構うことなくタブレットを打っている央樹。花月の雄姿を見届けようと静かに座っている一磨。そして私は両手を合わせて手を握り、祈るように見守る姿勢で彼女を見守っていた。
「みなさん。半年の間、楽しい学校生活をありがとう」
その言葉に男子生徒たちが大きな声で返事をした。相変わらずのノリだ。
「転入してすぐに、みんなと仲良くなれてとても嬉しかったです。みんないろんな個性や特技があって、教わる事もとても多かった。男の子も女の子もみんな仲が良くて、誰一人として人を傷つけるような人はいなく、楽しい学校生活が送れました。ホント、このクラスの生徒になれた事を誇りに思います」
花月の言葉に照れるクラスの友達。私も花月と同様にこの夏組を誇りに思った。
「遠くへ行ってもみなさんの事は忘れません。シャガの花に誓って友達を大切にし、これからも自分に納得できない時は抗っていこうと思います」
「俺たちもシャガの花に誓って花ちゃんを忘れないぞ」
クラスの男子生徒たちがまた声を上げた。人気者だった花月は私から見ると羨ましい限りだ。
「あたしは、かぐや姫のように月へ帰ります。満月を見たら、あたしをどうか思い出してください」
「おう!」
クラスのみんなは「かぐや姫」という言葉に大はしゃぎした。花月はみんなを楽しませるのが上手い。本気で言っているのか、冗談なのか、私には分からず笑えないけれども。
「今日はまた皆既月食があるぜ。俺は絶対に満月を見るからな」
みんな月食のことに気付いたのか、あちらこちらで皆既月食の話題がされた。クラスのみんなも、きっと今日の月食を眺めてくれるだろう。みんなが花月の事を想って。
ふとその時ひとつの希望が浮かんだ。
みんなが花月の事を想って月食を眺めるというのなら、その想いを利用して月読の能力を使ってもらえば、花月を助ける事ができるのではないだろうか? そんな無謀な作戦が頭の片隅を過ぎった。
それができるとしたら、こっちの一磨の他には見当たらない。この会が終わったら花月に相談して、一磨に能力を使ってもらえるようにお願いしようと思った。きっと一磨は能力を使わないように言われているだろうから、そこをなんとかお願いして。
我ながら良いアイデアが思いついたものだと一人で感心した。
その後みんなで書いた色紙の贈呈が行われ、花月は驚いた表情で受け取っていた。
「あたしを出し抜いて、よくこんなカラフルで可愛い色紙を作ったものだ」と言いた気な表情をしている。
だが花月は色紙を一読するなり深い溜め息をついて悲し気な表情を浮かべていた。クラスのみんなは、この表情を別れの寂しさからきたものだと思い、励ましのエールを送り続けていたが、私にはそう見えなかった。
彼女は今でも何処かにヒントが落ちていないか探しているように思えて仕方がなかったからだ。色紙ひとつ手紙ひとつに目を通すのは、その誰かを探すため、深い溜め息が漏れたのは、その答えが見つからなかったためだと思える。
花束贈呈や別れの歌をみんなで披露して、お別れ会の幕が閉じた。
その頃には央樹もタブレットを触るのを止めて花月に大きな拍手を送っていた。私も花月の雄姿に心からの拍手を送る。
「花ちゃん。お疲れ様」
「ありがとう。こんなに色々みんなにしてもらっちゃって」
「みんな、花ちゃんの友達だし、転入して来た時から、お気に入りだったから」
「そうなの? なんか、みんなと別れるの寂しいな」
窓の外を眺めながら花月は呟いた。太陽が眩しく冬空なのに今日は何故だか暖かい。
「でもね。さっき、かぐや姫の話をしたのには驚いたよ。正体バレちゃうって」
「なあに。誰もあんな話、信じないって。別に嘘言ってないし」
「まあ。普通に聞いたら、冗談にしか聞こえないか」
私は花月の肩を叩いて「もう少しだけ時間があるから、まだ話し掛けていない人たちに話し掛けに行こう」と言って手を引っ張った。
「このクラスには、やっぱりいないようだしね」
色紙と手紙を持った手をブラブラさせながら花月が呟いた。ここのクラス以外にも一磨のファンは他にもいるはず。先生や校長にだって訊いて、歩き周るしかないのだから。
◆◆
昼休みに入りスピーカーから放送部のお昼トピックスが流れ始めた。
「今日のトピックスは珍しい半年ぶりの皆既月食だ!」
パチパチパチパチと周りから拍手の音が響いた。
「今日の夜中に半年ぶりの素晴らしい皆既月食が月美山で見られます。日本どこでも月食は見られますが、月美山周辺は夜中も晴れの予報なのでお月見日和でしょう。みなさん、風邪など引かぬよう、注意してご覧ください」
周りから歓声が上がる。私はいよいよ来た皆既月食の日を今回ばかりは喜ぶことができなかった。喜びや嬉しさという感情よりも、敵を迎え撃つ勇者のような気分だった。
私には何も能力はないけれども、はじめから帰りたいという願いは誰よりも強い。例え意識の共有がなされなくとも、三人の気持ちを汲んで共鳴してほしいものだ。
どうか、私たちの想いが月の神様に届きますようにと。
ずっと皆既月食の事を考えていたら、お弁当が喉を通らなくなっていた。花月の傍に座りながら、良い励ましの言葉が思いつかない。周りの女子友達は最後の花月との昼食に花を咲かせて、小鳥の集団のように喋り続けている。笑顔で相槌を打つ花月はとても社交的で、机の下に隠してある両手の震えを見せないように堪えているのが分かった。
これに気付いているのは私と央樹くらいだろう。
一磨はいつもと同じように央樹の傍でサッカーの話をしている。時折、私たちの方をチラッと見ては怪訝な顔を浮かべているが、それは放っておこう。
昼休みが終わると一磨は席へ戻り、後ろにいる花月に話し掛けていた。
「風邪でも引いた?」
「ううん。大丈夫」
「少し震えているようだし、顔色も悪いような」
「大丈夫だって。あたしは平気だから」
少し怒った口調で答える花月は一磨を遠避けているようにも見えた。
「花ちゃん。一磨と仲良く喋りなよ。単に心配してくれてるだけなんだから」
「うん」
花月は一磨への想いを閉じるように一磨とあまり喋らなくなっていった。本当はずっと喋っていたかった相手だろうに、無理をしているのが一目で分かる。
一磨も私たちの挙動がおかしいとすぐに気付く感の良さがあるので、隙を見せるとバレしまいそうだ。何としてでも一磨には気付かれる事なく、できれば元の世界へ帰りたい。一磨もこのクラスのみんなと同じ、何も知らない人なのだから。
その何も知らない一磨に勝手に会いに来たのは私たち三人と、まだ見ぬ一磨を想う人だけなのだから。彼に迷惑かけられない。
まだ見ぬ一磨を想う人は今日がどれだけ大切な日か知らずに、のうのうと生きているのだろうか? 一磨の事ばかり考えていないで傍にいる私たちの存在にも気付いてよと、少し腹が立ってしまった。
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